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シナが空母を建造

平成20年暮れも押し詰まった12月30日ネカフェで、捏造・偏向で有名な朝日新聞の見出しが目に留まった。
それによると、
シナが今後数年間に6万トンクラスの空母を建造するとのことだ。
このニュースはわが日本国の安全にとって重大なものだが、いわゆる市民平和団体なぞの抗議など一向に聞こえてこない。
アメリカの空母が日本に寄港するときには例外なく抗議集会を開くというのに。
しょせんいわゆる市民平和団体などというものはシナのスパイ組織であるからだろうと私は考える。

シナのスポークスマンによれば、「わが国は石油輸入のためシーレーンの防衛をする必要があり、アメリカの10万トンクラスの空母に比べれば周辺諸国には脅威にはならない。」

それに先立つ12月20日の産経新聞の報道によれば、米太平洋軍のキーテイング司令官は12月18日、ワシントンで記者会見したときに、シナが航空母艦の建造を真剣に考えているとの見解を表明した。
またその際、同司令官は、昨年5月に訪中した際、シナ海軍幹部から「われわれが空母を保有したら、ハワイ以東を米国が、ハワイ以西を中国が管理することで合意を得られないか」と打診されたことを紹介したとのことだ。

この事態を受けて「わが国は石油輸入のためシーレーンの防衛をする必要があり、アメリカの10万トンクラスの空母に比べれば周辺諸国には脅威にはならない。」といって、我が防衛省が空母建造計画を発表したとしたらどうなるか?

どうなるかはあなたが考える通りですが、なぜあなたが考えるとおりになるのかを真剣に考えてみる必要がありませんか?

どうなるかを考えられなければ、このようになるはずです。
@シナの中共政府は「日本の軍国主義復活を危惧させるもので、東アジアに緊張をもたらすものだ。わが国は断固反対する。」という声明を発表します。
また、南北朝鮮も同様の声明を発表します。
A我が国のほとんどすべての新聞・テレビは「周辺諸国に脅威を与え、いたずらに東アジアに緊張をもたらす恐れがある。」として反対します。
B民主党・共産党その他の政党はシナ政府とまったく同じことを述べます。

わが国の空母はよくない。シナの空母は問題ない。ということになります。
これはまったくの想像ですが、だれにもほぼ間違いなく想定できる事情ではないでしょうか。
なぜこのような事態になるのか、わが国の戦後の防衛意識に深い問題があります。
戦後日本人が戦前まであれほど重要視したわが国の安全というものについて、 何ゆえこのように平和ボケしてしまったのか?
答えは、江藤淳著「閉ざされた言語空間」にあります。


寿命の蝋燭

同窓会などが好きな人がいるが、私が人生で経験した同窓会は高校の卒業1年後の同窓会1回きりだった。
同窓会に出なくても、同窓会名簿で消息は分かる。
送られてくる同窓会名簿の中には物故者が別枠で一覧になっている。
なくなったひとは必ずしも年齢順ではない。
私よりもずっと若いのにすでに亡くなった人もいる。
それを見るたびに思うことは、本当に老少不定というが、誰が死んでだれが生き続けるかというのはどこできまるのだろうか、ということだ。

過去に一時期同じ環境に暮らして、今現在ではこの世とあの世に幽冥境を異にするその要因は何なのだろう?
100年以上生きる人もいれば、生まれて数日で亡くなる子供もいる。
同窓会名簿でなくとも、新聞のお悔やみ欄を見ていると同じような感慨を抱かざるを得ない。
三十代で亡くなった女性がいれば、なぜ?男性より生物学的に強いはずなのに、などと考え込んでしまうし、0歳で亡くなった赤ちゃんがいれば先天性疾患だったのだろうかと思う。

古いお経によれば、お釈迦様が説法の旅の途中、悪意を抱く者が崖の上から石を転がしたため、負傷されたということだ。
弟子が問うには、「石を落とすものがいて、石によって傷つけられる。
そのようなことはあらかじめ運命としてきまっているのでしょうか?」

お釈迦様の答えは、「弟子よ、あらかじめ運命として決まっているのではない。 すべては偶然によって事象が起きるのだ。」というようなものであった。
お釈迦様、そうしますと、人間の寿命もあらかじめ決められているのではなく、偶然によって定まるのだということになるのでしょうか?

地獄のどこかにあるという、すべの人間の寿命を示すろうそくは荒唐無稽な話とおもっていたのだが、 現代の科学によれば地獄の蝋燭のようなものはじつは存在しているのであった。
生きている動物(正確には真核生物全般)の染色体の末端部にテロメアといういわば細胞分裂回数券のようなものがあり、各個体ごとに回数券の枚数が違っていて甚だ不公平なことになっているのである。

地獄にある寿命の蝋燭は実は自分自身の体内にあったというわけだが、これはあくまでも畳の上で死ぬ場合の話かもしれない。

人間到る所青山ありというし、事故・病気すべてひっくるめれば、すべては偶然の産物かもしれない。


アラフォー?やめてくれい!

講演会に行ったら、最近アラフォーとか、アラサーとかの言葉が流行していると知った。
所詮、儚い流行語だからすぐに消滅して死語にもならないとは思うが、
こんな言葉が作られたり、はやったりする日本ってホント軽薄だなあと思った。
日本が軽薄というより、そこに住んでいる日本人が軽薄なわけだが。
昔から日本人はこんな軽薄なところがあったと思う。

そのほかにも以前から気になる言葉遣いがいくつかあって聞くたびに厭な感じを受けた。
たとえば中年オヤジがよく公式の場で言う、
「・・・・今後期待できるのかなあと、、、、、。」

「今後期待できるのかなあと、、、。」どうしたって?

「思います。」「思いません。」「わかりません。」「迷ってます。」とかはっきり言えばいいのに、
「・・・のかなあと」 の次は絶対いわないのが腹が立つ。
しかも、昨今ではみんなが皆同じような言い方をするようになっている。
、、、、「これって異常じゃないの?」

という言い方も蕁麻疹が出そうだ。
「あれって・これって・それって」なんですか?カワイコぶりでしょう。
、、、、「なので、」

気持ち悪いから止めてほしいです。
でも若くてカワイイ娘がいう「なので、」はかわいいです。

困りました。町の有力者のならず者が、私の所有している土地の一部はもともと俺のものだと言い出しました。

2008年12月8日午前、 沖縄県石垣島の尖閣諸島・魚釣島から南東約6キロの日本の領海内で、
中国の海洋調査船「海監46号」と 「海監51号」の2隻が航行しているのを、 第11管区海上保安本部の巡視船「くにがみ」が発見しました。
これらの調査船はもともとシナ軍部所属です。

日本外務省の遺憾の意表明に対し、 中国外務省の劉建超報道局長は同じ日、
日本の海上保安庁が尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近の日本領海内を 中国の海洋調査船が航行していたと発表したことに関し、
「釣魚島と付属の島は中国固有の領土であり、
 中国側の関連船舶が中国の管轄する海域で正常な巡航活動をすることについて  別に非難されるところはない」との談話を発表しました。

2008年12月麻生太郎首相は福岡県太宰府市で行われた日中首脳会談で、
中国の海洋調査船が今月8日に東シナ海の尖閣諸島周辺の領海で航行したことに関し、
「非常に遺憾である」
と述べましたが、
それに対し、中国の温家宝首相は「この地は古来より中国の固有の領土である。その立場は一貫して明確 であり、確固たるものである」と主張しました。

さあ、我が日本国に新たな領土問題が発生しました。

中共と台湾が尖閣諸島を自分の領土だと言い始めたのは、海洋調査の結果、尖閣諸島付近に石油が埋蔵されていることが判明してからです。

台湾がなんと言おうと問題にはなりませんが、ことシナが尖閣諸島を公式に領有宣言したとなると、問題は別です。
シナというやくざ者がこの土地は俺のものだと言ったら、歯向かうことは今の日本には出来ません。
私には今後の中共政府の尖閣諸島強奪計画の筋書きが眼に見えるようです。

シナ国内で経済の低成長で国民の不満が爆発しそうになるとき、シナの海洋調査船とそれを護衛する軍艦が尖閣諸島付近に現れ、島の一部に上陸するでしょう。

再び遺憾の意を表明する日本政府はすぐに海上保安本部の巡視船を付近海域に出動させます。
そのとき、シナ政府は国内に向かって、「中国固有の領土である尖閣諸島の調査を日本政府が妨害した。」とプロパガンダを撒き散らします。
シナ国内では日本を非難するシナ国民の声が轟々と巻き起こります。
さらに中共政府は「わが国固有の領土を侵犯するものに対しては核攻撃も辞さない。」と宣言します。

海上保安本部の巡視船の巡視船とその後に派遣された自衛艦はなすすべなく、
シナの調査船・軍艦が領海を出るまで見守るしかありません。

シナの調査船・軍艦は尖閣諸島からでていきましたが、よく見ると、
島には建築物が出来ており、シナ人(おそらく軍隊)が占拠しているようです。
その後には定期的な物資の補給活動が始まり、シナ人は尖閣諸島に定住しました。

シナ政府は「わが国は気象観測などの調査をわが国固有の領土である尖閣諸島でも開始しており、台湾・日本などにもデータを提供するので周辺地域にも有意義な行動である。」と発表します。
日本はもちろん国連の安全保障理事会に提訴しますが、いかんせん常任理事国である当の中共政府から一蹴されます。
かくして、尖閣諸島はシナの占有に帰しました。

でもこれはしょうがないですね。
わが国は米軍占領下に出来た、「国際紛争を解決する手段として武力を行使しない」という憲法を持っているのですから。

「国際紛争を解決する手段として武力の行使を容認する」という憲法であったとしても、領土の回復は難しいでしょう。
なにせ相手は核攻撃を厭わないというのですから。

核攻撃力を持つ隣国との紛争ではそれに相当する核抑止力を持つしか平和的な解決法はありません。
そうでなければ、尖閣諸島の次は沖縄、その次は九州というようにシナの領土が拡大してゆくだけです。


男は度胸でブラジャー、女は愛嬌でふんどし

私は通常の新聞は読まないが、業界紙というものはよく読む。
最近の業界紙の情報では男性用ブラジャーを発売したところ、数日で?数百の注文があったとのこと。
男がなぜブラジャーを?
と思うのは自然な疑問だと思うが、ワタシにもさっぱり理解できない。
ブラジャーというものは支えるためのものであると思うが、胸には何も支えるものがないのに、、(支えるものはもっと下に)。

女性用のブラジャーを着て見たいということなら私にも分からないでもない
さらに女性用のパンテイであればいわゆる変態趣味で発作的に頭にかぶったりすることもあるかも知れない。
男性用のブラジャーといってもアンコ型のお相撲さん体型の男性用ということではないとおもうから、おそらく平らな形状をしているのではないだろうか。
しかし実物を手にとって見たわけではないのでよく分からない。
平らなブラジャーを胸に着けて窮屈ではないのか?
窮屈さを補うに余りある悦びがあるのか?
根本的にそれで何かいいことがあるのか?という疑問が次々に湧いてくる。
私はネクタイで頚を絞めるのもいやなので、扁平ブラジャーで締め付けて胸になにか引っかかっているような気分になるのは真っ平だ。
使用者のいうには、出勤前に ブラジャーを着けるとき自分の心の中に女性らしさを取り戻すとか、確認するとかということだが、、、、。
私には分からない。やっぱあなた達はヘンタイなんですか?
いやいいんですよ、なにしても個人の自由ですから。とやかく言うつもりはありません。
(女性が、扁平ブラジャーがサイズが合うのでひそかに注文している可能性もあると、たったいま考え付いた。)

一方、男は赤褌といわれたようにふんどしといえば古来男の独占物であったわけだが、
実は女性も褌を愛用していた方は昔からいたのではないかと思って居た。
ところが、最近おしゃれな女性用ふんどしが発売されたとのこと。
商品名はなんとかふんどしというのであるが(ま、あたりまえ)、なにかシルクっぽいテクスチャーでモデルの脚の長い女性が身に着けてポーズをとっていると、きわめて優雅でモダンである。勇壮な感じまでもしてくる。
この女性用ふんどしが売れるのかどうか、大変興味がある。
小学校の水泳でふんどしをつけた経験はあるが、改めてふんどしをきりりと締めてみようかな。
女性用を。


自虐史観はあるか?

自虐史観ということばがあり、日本人が自国の歴史を蔑んでとる立場のことをいうようです。
しかし私に言わせれば「自虐史観」など存在しません。
存在するのは「謀略史観」であって、わが国と利害をことにする他国の勢力が戦後の長い期間にわたってわが国の内部で謀略活動を行った結果、朝日・毎日新聞のような偏向新聞などによって形成された歴史観です。
いわば日本人が洗脳された結果、無意識的に抱くようになったわが国の近代歴史に抱く罪の意識を主体とする歴史観でしょう。

これが他国の謀略の結果であるのは考えてみれば当たり前の話で、身近な問題として考えるとよくわかります。
あなたの町の町内会で、「家に鍵をかけると隣人同士で警戒心が起きて、お互いに仲良くできないので鍵はかけないようにしましょう。」という決議案を出す人がもしいたとしたら、変に思うに違いありません。
大体においてそういう決議案を提出する人は日ごろ手癖が悪い人で信用のない人でしょう。
だれも相手にしないはずです。そういう人に限って家に二重も三重も鍵をかけ、入り口に木刀やら出刃包丁やらの武器を用意しているかもしれません。

中共政府は冷戦のさなかに新疆ウイグル自治区あたりで何百回も核実験を行なってきました。
その中共がなぜわが国のミサイル防衛システムが地域の緊張を高めるというのか?
家に鍵をかけるひとがいたとしてもそれはその家の問題であり、日ごろその家に泥棒や強盗に入ろうと狙っている人物には不都合かも知れませんが、そうでない人にはまったく無関係な話です。
また自分の家の入り口に用心のためにバールや熊よけスプレーを用意したと言う人がいたとして、誰が非難できるでしょうか?
非難する人はその家に押し入ろうと計画している人物だけでしょう。


びょういんせん

長崎港と佐世保港はとてもよく似ている港です。
どちらも長崎県の一方は南部に、他方は北部にあり、いずれも港が北から南方向に開いています。
しかも水深も深く天然の良港です。
佐世保港はわが連合艦隊の全艦艇を収容できる港だった、とかむかし聞いたことがあります。

終戦まで我が家は佐世保に住んでいたのですが、家が空襲で焼けてしまって戦後しばらくのあいだ佐賀の母の実家に身を寄せていました。
そんなわけで私は母の実家で生まれたのですが、私がとっても可愛い幼児であった頃の記憶。

佐世保の高台にあった昔の家の跡に立っている父に抱かれて佐世保港を見下ろしていました。
空も海も光り輝く佐世保港の遠く中央真正面に、船腹に赤い十字のあるとても大きく真っ白で美しい(まるで白鳥のような)船が浮かんでいました。

「あれはなに?」
「あれかい?あれは病院船だよ。」
父はいつも私に頬ずりしていたので、頬に当るひげがとても痛くていやでした。

「びょういんせん?」
びょういんせん。びょういんせん。
今にして思えば、当時はおそらく朝鮮戦争のさなかであって、その病院船は米軍の病院船だったのでしょう。
「びょういんせん」という言葉は私が幼いころ覚えた言葉です。

過去のことを言えば、わが日本軍にも病院船は多数存在しましたが、いまは病院船と言えるものはありません。
わが国の病院船が(国際法に違反して)撃沈されたこともあります。

現在のことを言えば、病院船は地震災害などに有用です。
甚大な災害に備えて病院船を用意しておくべきだと主張している医学部教授も居られてわたしも同感です。
太平洋側と日本海側に2隻あれば、災害による人的被害に迅速に対応できるでしょう。

最近のニュースでは、
海上自衛隊の輸送艦に陸上自衛隊の野外手術システムを積み込み、「病院船」として活用する方針を固めたとの事です(2008年)。
しかしこれではあまりにしょぼいシステムの可能性があるので、本格的な病床1000くらいの病院船をつくってもらいたいですね。

また最近の別のニュースでは、シナ海軍が病院船を保有する予定とのこと。
これはシナの海外膨張主義の産物で、太平洋などの海洋覇権を目指す目的のものといってよいでしょう。
独裁専制非民主国家であるシナの病院船には警戒が必要です。


ヘルベテイアの女神

スイスフランのすべての硬貨に刻み込まれている、十字架の盾と槍を持って立つヘルベテイアの女神は永世中立国スイスの象徴です。

カエサルの「ガリア戦記」の第1巻初頭に出てくる、ヘルウエテイ族は、山間僻地に閉じ込められていることを不満に感じ、西方のローヌ川の向こうに出て行きたいと思い、 自らの村々の住居を焼き払って、アルプ地方を出て行こうとしましたが、結局はカエサルの軍勢に押し戻され、多大の犠牲を払ってもとの山間部に戻らざるを得ませんでした。
(「ガリア戦記」は主にケルト族との戦いの記録で、書いた本人がカエサルであるので 自画自賛の書ですが、何せ文献が少なければあるものをもとに想像するしかありません)

タキツゥスの「ゲルマーニア」によると、ヘルウエテイ族は、ライン河の東から渡ってきた一族で、すなわちゲルマン民族の一部族であったようです。
したがって、ガリア地方に主に散らばっていたケルト民族とは異なっていたと思われます。
ヘルウエテイ族は勇猛で知られ、彼らが住んだ現在のスイスは歴史上各地に出稼ぎとして傭兵を送り込んでいます。

現在のスイスは、観光で有名ですが、なんと言うこともない峠・崖その他、人目につかないところに軍事施設があるそうです。
もちろん、シェルターも各家庭毎に備え付けられ、成人男子は小銃などの武器を自宅に保管し、一朝事あらば自国防衛のために勤務につかなければなりません。

さてその徹底した防衛意識を持つスイスの各家庭に常備されている「民間防衛」という本を、平和ボケした日本人は1回は読む必要があります。

「民間防衛」というのは国防の要諦を具体的に記載した本ですが、
歴史上の経験から、彼らが学んだ重要な事実が記載されています。
すなわち、国を守るという目的を妨害するものが必ず「国の内部」から出てきて、それはかならず敵対する国からの謀略を受けてスパイ活動として国内に悲観的な影響を起こすのです。
彼らは平和主義を装い、国内の、敵に対する反抗や抵抗を抑えます。
そしてそれらのスパイを送り込んだ敵対勢力は自分達の武装をやめることはないのです。

現在わが国内の偏向新聞は「ミサイル防衛網構想」に真剣に取り組んでいる日本は世界の物笑いだとか、周辺諸国を刺激する。などとプロパガンダを撒き散らします。
これがスパイ行為そのものの表れなのです。
私は、現在わが国の偏向新聞といわれている新聞にはほとんど外国勢力の侵食があり、 スパイを送り込んだ隣国の政府の意向に沿った記事を垂れ流してる段階だと見ています。
もちろん、この私は証拠をもっているわけではありません。
しかし、戦後60年間、最初はアメリカ軍、その後は朝鮮・中国とわが日本に対する諜報活動とスパイの浸透はずっと継続しているのは事実です。

そうでなければ北朝鮮人がなぜわが国の男女を拉致できたのですか?
土井たか子は  『拉致問題拉致問題って言うけど、先方が拉致なんかないって言ってるんだからないんです』 と言ったそうですが、この人は北朝鮮のスパイではないかも知れませんが、そのプロパガンダにやられた人物であることは確かです。
われわれはわが日本の責任ある立場の人間にこのような人物がたくさんいることを自覚する必要があります。


北朝鮮の青い山脈

石坂洋次郎の小説「青い山脈」は何度も映画化されたが、主題歌は一貫して西條八十氏の「青い山脈」である。
石坂洋次郎の作品群は若さ、明るさ、良識を備えていて私にはとても好感の持てる小説だったが、最近ではとんとはやらないようだ。

主題歌の「青い山脈」は懐メロの定番だが、北朝鮮の将軍様ことキムジョンイルにとっても懐メロなのかも知れない。
キムジョンイルは大の映画好きらしいから日本の「青い山脈」も見ていたのかも知れない。
その証拠にネット上で北朝鮮版「青い山脈」を視聴することができるのです。
インターネットのyoutubeでblue mountainを検索してみましょう。
朝鮮語訛りの日本語の1番2番の次に3番で朝鮮語の歌詞で歌っています。
背景は青い山脈と将軍様のいっぱいの肖像やはためく北朝鮮国旗です。
しかし北朝鮮には禿山ばかりで、この画像のような美しい青い山脈はおそらく存在しないだろうと私は思う。


特養の人々

勤務医のころ、特養(特別養護老人ホーム)に定期的に訪問診療をしていた。
特養という施設は市町村によって場所がいろいろであるが、中にははるか太平洋・日本海などの絶景を見晴らす海岸の崖の上の一等地に建っていることもある。

ご老人達は一等地の絶景を日常楽しんで居られるかというと、これがまったくそうではなくて
なぜかまるで窓の外の風景には無関心なのだなあ。

何で窓の外の雄大な景色を見ないんですか?もったいないでしょ。
とか思っていたが、いま思うと、雄大な海の景色は1日であきるんだなあこれが。
美人は3日で飽きると言うが、海を見晴るかす絶景は1日で飽きるのだから、大自然も美人には負けたな。
さらに美人は、3日で慣れて何時までも飽きないというブスに負ける。
ブス最強。

いまになって感じるところによれば、ある程度年齢が重なると人間は外界には興味がなくなり、
自分自身の、長くもあったが短くもあった人生の記憶と、それを背負ってきたこの肉体がすべてになってしまうのである。
自分のベッドに横たわり、頭の形に枕がぴったり合うようにして昼寝すると、これ以上の極楽はない。
人生のあるエピソードの一コマが頭をよぎることもあるが、それも一瞬のこと。
頭が空白になって、なんだか気持ちよく眠くて、体も格別痛いところもなく、 長々と体を伸ばしていると、いつの間にか自分自身がどっかに行ってしまって、ただただ気持ちよさだけを感じて、いつしか自分が無くなって、すなわち眠り込んでしまっている。

しなければならない急な用事もなく、体に格別痛いところがなければ、同じような調子で一日を至福の時間として味わうことができるのです。
だから海の景色なんぞどうでもいいのです。


日教組は消滅せよ


中山国土交通大臣が失言とやらで辞職したが、私は中山国土交通大臣のいったことはすべて正論で間違ったことは言っていないと思う。

日教組が戦後教育の癌であったことは明白で、その被害者であったワタシ自身が証言するのだから間違いはない。
癌細胞は一刻も早く取り除かねばならない。
教育を歪め特定の偏向したイデオロギーに基づく教育を私自身どころか、われらの子弟にまでもされてはたまったものではない。
日教組は一刻も早く消滅してもらいたい。
日本国民の大多数が(正確な数字は誰が知ろうか)同じ思いだろうとワタシは思う。
現に組織率は低下の一途を辿っているではないか。

しかしこのような正論を述べることで、あちこちから叩かれ、辞職に追い込まれるとは、わが日本国には言論の自由はないのか?

あ、ついでに捏造・偏向新聞の朝日新聞・毎日新聞はできるだけ早く潰れてもらいたい。
新聞というもの自体がネットの出現で遅かれ早かれ消滅すると私は確信しているが、
これらの新聞がなくなればわが日本国もずいぶんすっきりするだろうと思う。

糞団塊の世代

団塊の世代はとんでもない出来損ないばかりだったが(ワタシハダンカイセダイドマンナカ。デモ、マトモナホウアルヨ)、
世間に(意味なく)反抗しただけはまともだったかな。

そのダンカイの世代のジュニア世代もひどいことになっている。
これは糞団塊の責任なのだろうか?
糞団塊の世代を生み出したシニア世代はもっと糞だったのか?
そう。じつは団塊の世代とは、終戦後、腰抜け・腑抜けになった男どもがそのわずかに残ったエネルギーを細君にぶつけてできた出来損ないばかりなのだ。

あ、そういえば古事記、日本書紀は事実を捻じ曲げてはいませんよ。
なぜならイザナギ・イザナミの最初の子供は蛭子で、これは現代医学でいうフロッピーインファントをありのままに表現しています。
だからイザナギ・イザナミの最初の子供は障害児だったのですぐに捨ててしまったのです。
神話が先祖の過去の栄光だけを物語るのであれば、最初の子供がフロッピーインファントだったと正直に記録するわけはないのです。

現代人の我々だって、先祖の恥はおおっぴらにしません。
でも古代人は正直だったのでありのままの伝承を記録したのです。
この正直に、とかありのままとか、感情の赴くままにとかが人間には大切です。
これを本居宣長は大和心(大和魂)と解釈しました。

もうすぐ北京五輪ですが、相変わらずシナでは暴動が各地で起きているようです。
圧制の元で暴動を起こすくらいでないと人間ではない。
いまシナ人は大和心を持っている。と私は思う。
死の穢れ

あるとき娘が日本にはヨーロッパにあるような歴史的な建造物がなぜ少ないんだろう?と呟いていた。

それはね、(分かっているのだけれどなかなかはっきりは言えない。いうのも穢れなので)
地震や風水害の多い土地柄ということもあるのだけれど、
一番の原因は日本人の「死に対する穢れ」意識が原因だろうね。

日本人は葬式から帰ったら、家に入る前に自身に塩を撒いてもらう。
ある県庁所在地の駅前の民家で殺人事件があったが、その家は10年以上も放置されていた。
大阪の小学校の大量殺人事件現場の小学校は建て替えになったのではなかったか。

異常な事件で人が死ぬのはもちろんだが、普通に家の中で人間が死ぬのも穢れであるので、人間が住む家も出来るだけ新築のものが良い。
伊勢神宮の式年遷宮も古さが穢れを生むという思想の表れであろう。
アパートで住人が自殺したり、孤独死して腐乱死体で発見された場合、家主はダメージをこうむるのである。
不動産屋は、新しく賃借人を募集するときは、事故物件であることを説明しなければならない。
つい最近住人が自殺した部屋を借りるなど、日本人には抵抗がありすぎてとても出来ないが、外国人の中にはそんなことはまったく気にしない人も多い。

さらに、死そのものが決定的な穢れであるのはもちろんだが、
日本人は長期間の人間の存在そのものによる穢れを感じるのである。
日本人は近年になって20年くらいで古い家を取り壊し、新築するのであるが、
一方で100年住宅とか、200年もつ住宅とかが提唱されている。

200年前の住宅があったとしても、おそらくそれが日本にある限り日本人はそこに住むことはないだろう。

昼寝の効用

一般に午後1時から2時頃に一時的に眠くなると言われています。
私も昼食後はアタマに血が回らなくなり、しばし昼寝のためにごろりと横になることがあります。
でも、この昼寝のためにごろり、はたいへん危険です。
なぜなら、ごろりで病気になったり、はては携帯電話が壊れたりするからです。

昼飯を食べた後に昼寝をしようかと横になった途端に、胆石が嵌頓してしまって、
4,5時間も苦しんだ挙句、とうとう入院する羽目になり胆のう炎の治療や手術のために
5,6年前に1ヶ月も入院したのは私です。昼寝をしようとしたばっかりに。

最近では、ごろりと横になり、ネットでも見てみるかと携帯を開いたとたんに、
顔の上にプラスチックの破片が落ちてきました。
あらっ、思って携帯を持ち直して見るとさらにバネのような別の金属部品が落ちてきました。
あわてて起き上がって、眼鏡をはずして詳細を点検してみると、
折りたたみ式の携帯の片方の継ぎ手のカバーが割れてしまって、
正常に開閉が出来ないようになってしまいました。
こうなると、接続が切れてしまって今にも使用不能になる、と恐慌に陥った私は携帯を買いに行きました。
(いまや携帯は現代生活の生命線だっ。てそうでもないか。)

壊れた携帯は当時としては最新の薄型で、ボタンを押すだけで開くものでした。
そのためにボタンのところで負荷がかかりすぎたのかもしれません。
でも手に馴染んでいたので、壊れた携帯と別れるのはとても悲しかった。
(2,3日は継ぎ手のところにガムテープを張って両手で支えながら開いていました)
新しく購入しようとしてみると今の携帯は以前のように薄いのはほとんどなくて、スライド式が多いようです。
なんだか分からなくてその場の成り行きで買った携帯は結局分厚くて、スライドするが しばらくすると画面全体が真っ黒になってしまって、時間を確認することが出来ないのです。
もっともっと困ることは、操作方法が前のものとまったく違っていってどこをどうすればどうなるのかがさっぱりわからなくて、メールひとつ送るのも以前とは比べ物にならないくらい手間がかかるのです。
間違って変な所に変なメールを送ってしまうのではないかと不安になってしまう始末です。

壊れた携帯はガムテープで補強されたままで机の中にあります。
たまに開いて電源を入れてみると、卒業式での娘の笑顔の写真が待ちうけ画面ででてきます。 でもなにかの処理をされてしまっていて、その先にはどうしてもいけずに結局は電源を切ることになるのです。


とんかつを食べるとき

私は自分が自覚している以上に田舎に育った古い人間なので(要は歳がいっている)、折に触れ思い出す光景は現在ではすでに見られなくなった光景である。
たとえば、トンカツやカツ丼を食べるときふと思い出す光景は、和服(浴衣だったか)を来たどこかのおばあさんが豚小屋のそばで、立ったまま裾をからげて小用を足しているのだ。
豚小屋には2,3頭の巨大な豚がいて、豚小屋の太い木の柵の中でぐるぐると走り回っている。
それを見て子供の私は恐怖を感じた。
豚に突進されて跳ね飛ばされたらどんなことになるんだろうか?
豚小屋のそばで立ったまま小用を足しているお婆さんは、なぜそこで用を足していたのかはわからない。
子供だったので、いろんな記憶がごちゃ混ぜになったのかも知れない。
でもそのとき分かったのは、女性も立っておしっこが出来るのだということだった。
おしっこはおばあさんの後ろ下の方に飛んでいた。

ところで、インスリンは以前は豚インスリンが使用されていた。
というのも豚インスリンは人間のインスリンとよく似ており、51個のアミノ酸のうちの1個を変更するだけで人間のインスリンとまったく同じになるからである。

豚は人間とかなり類似した遺伝子構造を持っているので、トンカツを食べながら、ひょっとして自分は人間の肉を食べているのと大して変らないのではないか。と考えてしまうのだ。

テレビがないと

テレビを見ない生活を約半年続けたが、まったく何の差しさわりもなかった。
ニュースは携帯やパソコン上の新聞を読む。
私のお勧めはネット産経新聞である。
記事の捏造や歪曲・偏向報道で有名な朝日新聞などよりよほどまともな記事がある。

たったひとつ以前と違ったことは、水曜日に時々放映される「水曜どうでしょう」を見ないので、
テレビを見ながら、ぎゃっはっは、と笑うことがなくなったくらいだろうか。
「水曜どうでしょう」は大昔から見ているので大概は再放送であるが、それでも唯一笑える番組だった。
今はたまにジムの中のサウナの中のテレビをほんの数分見るだけだが、まあほんとにあきもせずくだらないことばっかりやってるなァ、とあきれるばかりである。
私自身が半年前まではお笑い番組その他各種バラエテイ番組を笑いながら見ていた人間であるからして、
いまさら何も偉そうなことをいうつもりはないが、
今のテレビ番組は「ほとんどが」下らなくつまらないので、見るだけ人生の貴重な時間の浪費になるのはたしかである。

人生でもう何もすることもなくなったし、したくもないない。という場合にはテレビも役に立つだろうとは思うが。


聖火リレーが面白いことになっています

ロンドン・パリで、シナのチベット侵略・チベット人への人権侵害に抗議して、聖火リレーが妨害されたとのこと。
たいへん喜ばしい。
さすがにイギリス・フランスは成熟した民主主義国家ではある。

もともと一党独裁共産主義国家であるシナにオリンピックを開催する資格などなかったのだ。
現在のシナは対外膨張主義の非民主軍国主義国家であるから、将来的には内部分裂して崩壊してもらうのが全世界の幸せというものだ。
また、すでに実験済みの共産主義国家というのも精算してもらわねばなるまい(シナの共産主義の実態はひとまず措いても)
田中角栄が訪中して日中国交樹立する前の北京放送は連日、「日本軍国主義は、」云々と毎日喧しく日本非難の放送をしていたのだ。
現在でも核ミサイルの照準をわが国に向けている。

シナ人の現代人としての成熟度もかなり低いようであるので、また清朝時代のような混沌の世界へ落ち込むのも望ましい。
現代シナ経済は低賃金・海外からの投資に対する優遇・市場としての将来性への期待などから、海外からの投資を呼び込んで経済成長を続けてきたのであるが、 最近労働法制が変更されたり、賃金が上昇したり、シナ製品に対する信用(またし尿に変換された)の失墜、国民の経済的な格差がありすぎて、市場としての評価に疑問符がついたりで、 海外からの投資も他のたとえばベトナムなどへシフトしているので、従来のような高い経済成長率はもはや望めない。
経済成長が停滞すると、国民の不満が高まり、現在よりもっともっと各地の暴動件数が増加し、しまいには全シナを巻き込んだ体制の変革をもたらす暴動に発展する可能性がある。
歴史的にシナの易姓革命につきものの宗教も法輪功というのが盛んになっているようであるし。
2008年は共産主義シナの転換点となるとわたしは思うし、期待する。


エルミタージュ美術館の絵葉書と狂犬

モスクワの大学にいる娘からサンクトペテルブルグに行ったときのエルミタージュ美術館の絵葉書が届いた。
エルミタージュ美術館にはぜひ行ってみるべしと書いてあった。
サンクトペテルブルグといえば、ロシアの古都で、ソ連時代はレニングラードで、ネヴァ河が流れているところではなかったっけ。
ゴーゴリの「外套」の舞台になったところだと思う。
外套の主人公はネヴァ河にかかる橋の上で幽霊になっていたのではなかったか?

狂犬病のワクチンの3回目もサンクトペテルブルグで受けたんだと。
1月くらい前に、携帯に電話が来ていたようだが、いつも携帯はマナーモードにしているマナーのよいわたしは気づかなかった。

あとで電話してみたが、つながらなかった。国別の番号を先にダイアルする必要があるらしい。
後で知ったところによると、モスクワで足を犬に噛まれて血が出たと。
出国する前に狂犬病の予防接種を受けていなかったらしい。
ユーラシア大陸は狂犬病の殷賑地であるので狂犬病の予防接種は必須だ。
噛まれた後でもワクチンを接種することで発病を予防することは可能だが、もし発症した場合は
死亡率100%の恐ろしい病気である。 噛まれた場所が脳から離れるに従って発病までの期間も長くなる。
記録上、狂犬病発症後助かったのは1例のみ。

噛まれた後は何度もワクチンの接種が必要なので、医療のインフラが整っていないところで犬に噛まれると大変である。
ロシアはそういう意味では、医療のインフラが整っている国のようだ。

しかし、日本にいると犬に噛まれるなんて人生50年に1回も無いことだと思うが。
何でまた外国でそんな経験をするのだろうか。

なぜ速読なのか?なぜ早起きなのか?

世の中にはいかに時間を能率的に使うかの方法を指南する本が昔からあふれている。
しかしわたしはそんな本に書かれていることを実践してもちっともいいことは無いと思う。
たとえば、本の速読術だが、確かに本というものは情報を仕入れる手段としてのものでもあるので、速読する必要がある場合もあるだろう。
しかしそんなときは速読術など知らなくともパラパラとページをめくって必要な情報だけを取り出すことは誰にでも出来るのだ。
詩集や小説を速読するなど無意味だ。
好きな本はなんども何度も味わいつつゆっくりと読み返すものだ。

時間を最大限に効率的に使うために睡眠時間を削って、いかに夜中に勉強時間を作るかとかを実践した人の本もあったが、
そんなことを考えついたり実践出来るのは甲状腺機能亢進症とか、躁状態の場合だろう。
夜はゆっくりと眠って、眠ることの幸せを人生の中で充分に味わうための時間だ。
母は、寝るとき、「あーあ、極楽、極楽。寝るより楽は無かりけり。浮世の馬鹿は起きて働く」と昔からの決まり文句をつぶやいていた。

早起きの効用を説く人がいて、人より早く起きて始発の電車に乗って一番に会社に着いて、
ほかの人が出社するころまで静かな時間を使ってひと仕事終えるという。
早朝や午前中は頭が冴えて一日のうちでもっとも仕事の能率が上がるから、というのである。
わたしに言わせれば、それは早寝早起きしかできない体質の人たちだけに当てはまることだ。
そんな人たちは、夜8時9時ころになると瞼が下がってきて、ぼうっとなっているのは間違いない。
人間には持って生まれた体質があって、早寝早起き体質と宵っ張りの朝寝坊のひとがいる。
早寝早起き体質は、早朝から血圧が上昇するので、いつまでも寝ていられないのである。
朝寝坊の人は午前中はアタマが冴えないが、夕方以降になると調子が出てくる。 真夜中はもっとも集中できる時間帯だ。
そんなひとが早起きしようと思っても3日と続かない。

わたしが思うに、早寝早起き体質の人はいわゆるA型体質であって、心筋梗塞などの心血管アクシデントに遭いやすい。
宵っ張りの朝寝坊のひとは自分の体調に敏感で調子が悪いとゴロゴロしている。
それは無意識のうちに安静状態を作り出しているので、結果として長生きする結果となる。
健康に自信のある人がぽっくり逝ったり、いつも体の具合が悪いとこぼしていた人が長生きするのは、自分の体調に対する感受性や認識の閾値の違いがあって、早寝早起き・朝寝坊でそれが異なるからである。




九十九は白寿ですが

「もしもし、こちらは町役場の福祉課でございますが、
お宅のおばあちゃんがこの一月に百歳になられるということで、
たいへんおめでたいことでございますので、ひとつこのぉ、町からのお祝いということで、
町長が誕生日にお宅にお伺いして、ささやかではございますが、お祝いをお持ちしてご挨拶をいたしたいということでございます。
お時間などのご都合はいかがでしょうか?」

「えぇーっ、母の誕生日に町長さんがですか?ちょっとそれはこまりますぅ。」

「あらっ!?。そりゃまたご予定かなにかありよんさるとですか? なんでしたら、別の日でも結構ですが、町長の予定を調整いたしますです。」

「いえ、それがあの、ちょっと母の方が都合がつかんとですよ。すいませんけどォ、 母の誕生日のお祝いは辞退させていただけんでしょか?」

「あらーーー。そーですかー、、、、、、。
そいでも恒例のことですし、、、、。
いままで辞退された前例もありませんですしー、、、、。
ひょっとしておばあちゃんのお体の具合でも?」

「いいえ、母は元気ですけど、百歳の誕生日ということでお祝いされるとこまりますう。」

「あらー、そりゃまたどういうことでしょか。
ご辞退ということであればやっぱりこのォ、理由とかを町長に報告せにゃならんことになっとりますので、
ひとつお聞かせ願えんでしょか。」

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」

「実はですね、
母は90歳の誕生日にですね、周りからおめでとう、おめでとうと言われるたびに、
『90になったら死ぬばかり』と言うて、がっくり気を落としとったとですよ。
それで、わたしがみかねてですね、
『わかった。
今年からお母さんは誕生日のたびに年ば1歳づつ減らしていくことにしようね』
て言うてですね、やっと母を安心させたとですよ。」

「往診してくださる先生にもお願いして、診察のときに母には歳のことは絶対言ってもらわんようにお願いしとるとですよ。
そういうことで、町長さんがおいでになって、100歳のお祝いとかいいなさるとですね、母がショックば受けて、もしものことがあったら、とおもうてですね、、、 、、、。」


「?????!!! はあー、そうですか、、、、。そいでは町長にちょっと相談してみますので、ちょっとこのままおまちいただけますでしょか?」

しばし待っていると、電話口の向こうから、町役場職員達の、どっという笑い声が聞こえたという。

その後町長さんは、単に誕生日のお祝いということで姉の家においでいただいたということだ。


新型インフルエンザが1類感染症に

伝染病予防法・検疫法を改正して、新型インフルエンザが1類感染症に指定されることになったようです。
新型インフルエンザ(いつ大発生するか不明ですが)がマールブルグ熱、ラッサ熱、エボラ出血熱などと同等の危険な伝染病であることが、厚生労働省もやっと認識したようです。
世の中には、将来迫り来る危機を感知する能力が異常に低い人と、普通の人、異常に敏感な人、病的に敏感な人がいます。
国家の安全を担う人々は、(異常でも病的でも)敏感に危機を察知する人々であっていただきたい。



ゲーテは「外国語を知らないものは自国語も知らない」と言ったそうだが。
私は昔、インド哲学科に進学する予定でいたが、先輩の忠告で中止した。
サンスクリット語などは活用がめちゃめちゃに多くて大変なのだとかいうので。
同じインドヨーロッパ語族のラテン語も活用が多い。
よく日本語はとてつもなく難しい、というが、それはまったくの嘘である。
話し言葉で言えば簡単この上ない。
たとえば、フランス語は明晰な論理を展開するのに適した言語だとも聞くが、それもまったくの嘘である。

余計な物をすべて払い落として必要十分な意思を伝達できる言語が優れた言語である。
さらに細かい心理的なニュアンスを表現できれば(これが日本語)、この上ない。
しかし余計な物をすべて払い落としただけ(中国語かな)、というのは駄目である。

世界語を目指した人工言語のエスペラント語にも名詞の性があるのは論理的に変だ。
日本語を考えてみると、
名詞に性がない。無生物に性はないので当たり前。 (本来性のない無生物にも性を設定する、というのは「性」に対する何か病的な偏執性を感じる)
定冠詞・不定冠詞はない。単に名詞をそのまま使用するのみ。
動詞など活用は少ない。否定形までもが活用の中に入っているくらい。
時制も簡単で、未来形は現在形を借用しても良い。
(過去完了、未来完了って必要でしょうか?言い回しだけで表現できるのでは)
発音は簡単で、子音の数が少ない。そのため、微妙な音を発音する筋肉の複雑な動きは不要。
(舌や唇、咽頭の筋肉をフルに使わないと発音できない言語は、口内炎・舌炎の時はどうするんでしょう?)
原則的に音節が子音+母音で構成される。
日本語の文章の構造(文型)は単純を極めていて、言いたいこと(述語)を最後に持ってきて、補足する言葉をその前に持ってくる、という単純な原則に従う。主語(的な単語)も単に補足する語に過ぎない。
たとえば、
好き。
行きたい。
食べたい。
する。
などが述語で、何が好きか、、どこに行きたいか、何を食べたいか、何をしたいか、だれが、
などはすべて述語を補足するための補足語に過ぎない。

さらに、もっとも特徴的なのは、その場の状況でわかることは極力省略する、という原則が貫かれていることだ。

たとえば、携帯メールで、
いまどこ?
という文章では、あなたは、いま、どこに、いるの?
という文章のなかで、状況を考えればわかる語が省略されているが、これでも立派な日本語の文章だ。
日本語があいまいな言語だというのは、省略の仕方が不適切か、KYな人だ。
最後にひとつ。
日本語特有のきめ細かなニュアンスは述語の後ろにいろいろな尻尾をくっつける。
いまどこさ?
いまどこなのよ?
いまどこにいるのお(泣)?
いまどこだあ〜
いまどこだってえ?
いまどこにいらしゃるのかしら?



日常性が崩れるとき―2008年1月 新型インフルエンザの危機(2008年1月28日)

阪神淡路大震災で被災された人々のなかには震災当日会社に行くべきか迷った人もいたかもしれない。
でも結局はすぐに仕事どころではない状況だということに気づいたことだろう。
震災地から離れた場所にいた人間には当時の状況はわかりにくかったので、当時こんなことも想像することさえ無かった。

さて現在(2008年1月下旬)も平常通り日常生活が営まれていますが、 実に危うい状況です。
新型鳥インフルエンザがヒトからヒトへ容易に感染するような突然変異を起こすことがもはや時間の問題になっています。
もっとも問題なのは、「新型鳥インフルエンザ」という言葉から、インフルエンザの少し強力なもの、というイメージで捉えられている現況です。

インフルエンザという言葉を使用すること自体が間違いかもしれません。
マールブルグ出血熱、エボラウイルス出血熱などという病名を聞くと重篤な疾患だというイメージが、医師でない一般の人々にも感じられる現在、「新型鳥インフルエンザ」という病名を返上して、 「重症鳥由来出血熱」とでも命名したほうが良いのかも知れません。

簡単にヒト−ヒト感染を起こすようになる「新型鳥インフルエンザ」ウイルスは、 従来のインフルエンザとは異なり、呼吸器・消化器のみならず、
血液脳関門(BBB)を突破して脳細胞に感染、
血液胎盤関門(BPB)を突破して胎盤に感染、
さらに、呼吸器・消化器どころか全身の細胞に感染して、短時間に高確率で人間を死に至らしめる可能性があります。

以上の詳細は2007年12月20日岩波書店発行、岡田晴恵・田代眞人著「新型インフルエンザH5N1」という本に書かれています。(内容はネット上で知ることが出来るようです)
ネット上でも情報があふれていますが、
新型インフルエンザが血管内皮細胞にも感染する結果、出血傾向(おそらくDIC―播種性血管内凝固症候群によると思われる)・多臓器不全を起し、短時間で死に至る重病である可能性が高いことが隠れてしまっているようです。
その結果、スペイン風邪のようなインフルエンザの一種であるような印象が一般に流布しているように思えます。

「新型鳥インフルエンザ」がパンデミックを起こした場合、その日から今までの平穏な日々は消滅し非日常の世界に突入します。
会社や学校に行くことは出来ません。
物流が途絶えます。
社会の重要なインフラ(電気・水道・ガス・交通機関・電話・テレビラジオ)の機能が停止するかもしれません。
その日がいつかはわかりませんが、それに備えて少しずつ水・食料などの備蓄を進めるのが良いでしょう。


ワタシ外人ニ偏見アリマス(デモ「外人」ハ, ヨソモノデハナク、外国人ノ略語デスヨ)

ネカフェで「ベルセルク」も、「のだめカンタービレ」も全巻読んでしまった。
ここで自慢。テレビ番組の「のだめカンタービレ」は見てないが、
ロケ地のひとつ、のだめと千秋が抱き合う(しかものだめのオヤジに見られてしまう)佐賀県諸冨町の有明海の堤防にワタシは立ったことがある。
当時、医者になりたてで、有明海の近くの医院にアルバイトに行っていた。

それはそれとして、続きの単行本はいつ出るんだろ?
仕方がないので、新聞を読んでいると、カウンターの辺りで外人女の喧しい英語が聞こえてきた。 「責任者を出せ」だと。
5,6歳の子供連れで、禿頭のオヤジも後できっと来る。
というのは、この一家は年末にもこのネカフェに来ていて、同じように小一時間クレームをがなりたてていたからすでに知っているのだ。
そして年も改まって1月も下旬になるというのに、またきてクレームかよ。
一体全体どこから湧いて来るんだ?日本に住み着いているのか?

クレームに応対するネカフェのアルバイトの女の子は丁寧に説明している。
しばらく経つと、「オーケー、オーケー、アイシー」とか言ってゲームをはじめるのだ。
喧しいクレームの間も、日本人の若者達は泰然と漫画を読み耽っている。
この外人女は背丈は優に6尺を越す大女で、当然可愛げのかけらもない。
しかし子供は可愛くて、「ママ、ママ」といって大女にまとわりついている。
で、この一家は夫婦でネットゲームをやっていて、禿頭のオヤジはゲーム中時々、「エヘヘヘヘ、、、、」とか実に下品な奇声を上げるのだ。
大女も負けずに形容の仕様のない嬌声をあげて競演するのだ。
子供はときどき、「ママ、ママ」と叫ぶし、うるさいこと極まりない。
聞いていると、家族内で話しているのはロシア語。

夜遅く、何人かのグループで自転車に乗ってお喋りをしながら塾から帰ってゆく中学生達。
毎度丁寧な接客をしているコンビニのアルバイト学生(マニュアルの通りでも)。
ネカフェで自己主張の強いロシア人相手に根気良く応対している若い女の子。

こんな光景を見ると、我が日本国は「まだまだ大丈夫だ」と強く思うのだ。
それにしても、こんなロシア人が占拠している北方領土はあと数百年経たないと(経っても)還ってこないな。こりゃ。


オランダの少女に名前をあげて

オタキングを自称する岡田 斗司夫氏は独自の方法によるダイエットの結果、最近スリムになったが、
以前100キロを超す肥満体であったので、 なんとなく言う事に説得力がなかった。
しかしずいぶん前に『ぼくたちの洗脳社会』で非常にユニークな現代文化論を展開していた。
それによると、現代世界では軍事力や経済力で相手を屈服させるよりも、自分の価値観で相手を洗脳したほうが勝ちなのだという。
そして日本という国はマンガ・アニメなどのサブカルチャーという手段で日本文化の精髄を世界中の子供たちに吹き込んで洗脳し続けているという。
(しかも洗脳が開始されてからすでに数十年が経つ)

さて、ここ(ネット上)にオランダ人の美女がいます。
彼女は背中に自分の名前を漢字で刺青したいと思っています。
「ワタシの名前はmichaelaというんだけど、日本語ではどうもmikeiraというらしいのね。 で、漢字で自分の名前をタツーしたいんだけど、誰かあたしの名前を日本語にしてくれないかしら 」

すると、少し日本語が出来るアジア人がこうアドバイスしています。

「君の名前は日本語ではミケイラということになると思う けど、漢字だったら、
三毛医等
なんてのもあるね。
意味は、亀の甲羅+医学+似
だよ」

「だだだだ、ダーーーーーーーーーァッ」!!!

だれかぁ〜、日本の方ぁ〜、早くぅ〜、オランダの美女の背中が取り返しがつかなくなる前にもっと素敵な名前をあげてくださ〜い。


正月だけのつもりが

正月にネカフェで漫画三昧をしていたと思ったら、正月過ぎてもネカフェで漫画を読んでいる自分がいました。
ナルト42巻は読んだ。
まだ連載は続いているようだ。

いまは『ベルセルク』に嵌っているが、作者はアシスタントを置かないで、
一人で描いているらしい。しかも年は40代で、体調不良になることもあるようで、(作者かワタシが)死ぬまで完成しない可能性もある。
とっても心配だ。
こんなことなら読まなければ良かった orz

ましかし、熱心な読者のために頑張ってくれ給え。
Q
L
Z   orz 頼みます

体調悪うなったら、ワシに連絡してくれてもええよ。 藪でも良かったら何ぼでも治療するで。


正月にやったこと

大人になると正月って退屈だ。
子供のころは伝統に則った正月を過ごしていたので楽しかった。
羽根つきや、独楽回し、凧揚げなど。
なにしろ小さくて狭い世界の中に住んでいたから、その中だけで楽しくやれていたわけだ。
年末にはご近所と一緒に蒸籠でもち米を蒸して餅つきを実際にやっていたし(小さい子供たちもそこらへんでちょろちょろしながら) 、
母親もまた今から思えば本当に正統派のおせち料理を作っていた。
元旦の朝には、お膳を前に和服を着た親父が家族全員を前に新年の挨拶をしてやっと、お雑煮やおせちを食べることが出来るのだ。
お屠蘇は薬のような妙な味がした。
いまではもちを食べるのも年に1日、2日くらいだろうか。
私は和服を着たことがない(貸衣装の紋付袴を着たことはある)。
日本の伝統もどんどん失われてゆくなア。

伝統は努力して保存すべきなのだろうか、成り行きに任せるべきなのだろうか。
とかいっても、世の中変っていって、そのうち正月といってもごくごく普通の日になってしまって、1日2日休んで後は仕事になるのであろうなア。

数年前は正月の数日は退屈なのでドライブしていたが、今年はドライブも面倒になって、札幌駅の近くの快適なネットカフェで毎日1,2時間を漫画を読んで過ごした。
今日は「ナルト」を1巻から6巻まで読みましたハイ。
昨日は「時がふたりを分かつまで」全5巻か6巻。続きが楽しみです。 1昨日は「百億の昼と千億の夜」面白い、その前は「冬物語」6巻、これはつまらんかった。

実は私は子供のころ漫画がなにより好きだというので親から心配されていたのであるが、
いまは自分自身が何時まで漫画に興味を持てるかを問題視している。
なにしろ、漫画を読んで理解するのもエネルギーは必要なもので。
死ぬ気になれば

死ぬ気になればなんでもできるのに、などと言われますが(裕次郎の歌にもあります。ワタシのオハコ)、死ぬ気になった時には視野狭窄に陥ってしまって選択肢が限られてしまうのが問題です。

そこで、死ぬ気になるよりもっと役に立つことがあります。
死ななければならない気になるのはどうでしょう?
この場合の死ななければならない気というのは、人間は死ぬべき存在であるということを心の底から自覚して、自分も(ホントは絶対死にたくはないが)正直いつかその時期が来るかも知れないと感じることです。
人間というものは本当に能天気で(脳天気だったっけ?)、自分がそのうちホントに死んでしまうという事実を薄々は感じていながら、日常のどうでもいい事柄に煩わされて本気で泣いたり笑ったりしているのです。
この、本気で泣いたりというのが問題です。笑う分には特に問題はないでしょう。
自分が死にたくないのにいつかは死ななければいけないとなると、つまらない日常のことで泣いている場合ではありません。
笑っている場合でもないかも知れません。

人間にとって、本当に不愉快で受け入れ難いことは、自分がいつか死んでしまうという事実で、これが6ヶ月後とか1年後とか期限が確定してしまうと(死期という言葉になって)これほど厭なことはありません。(在原業平ではないが、きのふけふとはおもはざりしを、で動転)
私も何を隠そう、死ぬのはいやですこわいです。
死ぬ間際にベッドのそばに誰か死んだ人が立っているのを見るのはとっても厭です。
よく、自分は医者だから死ぬのは怖くない、という人がいますが、疑わしいと思っています。
そんな人はきっと学生時代の勉強が足りなかったのではないでしょうか。あれ、私の勉強が足りないのかな?

母がよく、自分は十分長生きしたから、生きるのに飽きた。いつ死んでもいい。
などと悟ったようなことを言っているので、「あそう、それじゃ今晩お迎えが来てもいいんだね?」と言うと、いや、今晩はチョッと、と正直に答えるのには笑ってしまいまいました。

年寄りをからかうもんじゃありません!

人間が「死ななければならない気」になかなかなれない、という事実を考えると、死ぬべき存在であることを忘れて思うさまに生きる、というのが人間の本来の姿なのかもしれません。

弁華別小学校

札幌市郊外の当別町の北方、青山方面へ向かうとしばらくして道路の右側に堂々とした木造校舎が見えてくる。
その姿をひと目でも見た人は、思わず車を降り、しばし校庭に立って正面からその姿を眺めずにはいられない。
古い木造二階建校舎の弁華別小学校は明治以降の日本国にどこにでもあったような木造校舎のひとつだが、
前に立つ人間の魂に語りかけるようなその堂々として凛とした佇まいに心が捕えられてしまう。
細い煙突が校舎の前面に数本立っている。
左右対称のようで細かく見るとそうでもない。
二階建てにしては丈が高くそのためか威風堂々しているが、それだけではなく、 なにかなんともいえない華がある、そう、学校名にもある華があるのだ。
古い木造校舎が確かに心を持っていて私に語りかけて来るのだ。
この小学校に学んだ児童達は深い懐を持つ学舎に守られて学んだことを大人になってもきっと誇りに思っていることだろう。

建築物が持つ力を感じるには、必ずしも石造りの重厚な建築の前に立つ必要はないということを教えてくれるのが弁華別小学校です。

刀狩(1)

刀狩は古くは豊臣秀吉が行ったが、最近では占領軍のマッカーサーが行った。
秀吉の刀狩は農民階級その他の物理的武装解除であったが、マッカーサーの刀狩は日本人の精神的武装解除である。
マッカーサーは具体的に物理的にも日本人に(”封建社会の象徴”としての)刀を廃棄させた。
厚木基地に降り立ったマッカーサーは実に憎むべき倣岸不遜な風貌をしているが、
この人物が許せないのはGHQ司令官として実にけしからぬ諸施策を行ったことだ。
陸軍士官学校(ウェストポイント)の秀才であったが、アメリカとは比べ物にならないほどの深く幽遠な日本文化に無縁の、一アメリカ人が日本の文化・歴史を引っかき廻し、実に深刻な後遺症を残したのだ。
そしてその影響は今日にまで及んでいる。(続)


富士山からの手紙

遠くで勉学に励んでいる娘からの手紙が届いた。
いま富士山の山小屋でアルバイトをしていると。(普段はレストランでアルバイトをしているらしい)
ハガキは非定型郵便で、雲の形をしている木の板に富士山の形が切り込まれていて、120円の切手が貼ってある。

「お元気ですごしていますか?
私は富士山六合目の山小屋でアルバイトをしています。
とてもいい人達ばかりで楽しく働いています。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
お父さんも富士山に登る用事があったら、六合目の**荘にきてね。」

(^-^ ) フフッ、富士山には登ったことがないから是非登りたいが、でも今は用事もないし今後登ることもないと思う。
(落石などに遭わずに無事に帰ってね)

この娘は生来、活発・快活で、幼いころ、朝がばっと起きたと思ったら、いきなり鼻歌を歌いながらトイレに行っていた。
(朝起きてすぐ鼻歌が出るなんて、どんだけ〜、幸せなんだろう)

また、(信じられないことに)自分の意思の力でいつでも眠ることができるという芸当が出来たようだ。
昨年はインドから絵葉書が来たり、来年はモスクワに留学するとか。

逞しいなァ。
(でも気をつけてね)

スピードか死か

以前「スピードか死か」という交通安全標語があって、いまはまったく耳にしません。
よく考えてみるとこの標語に論理的矛盾があるということでした。
「制限スピード遵守か死か」とか「スピードは死だ」とかいうのが正しいのでしょうが、
ではなぜこの標語が交通安全標語になったのか不思議です。

なんとなく、それらしく聞こえる言葉だったので、採用されたのでしょう。

たったいま見たNHKススペシャル「核クライシス」ではなかなか示唆に富む情報が沢山ありました。
(明日は8月6日で人類が始めて核爆弾の被害を受けた日)
核拡散が憂慮される現在の国際社会で、都市部で核によるテロが行われたとき、10キロトンだか(正確な威力は忘れた)の核爆弾が平地で爆発したとき、科学者のシミュレーションによれば、昭和20年8月6日の広島の原爆とは比べ物にならない甚大な被害が出るという。
都市部のビルによる多重衝撃波、放射性物質が高空に舞い上がらずに、そのまま降下することにより、1年以上の間、人が立ち入ることの出来ないほどの放射能が残存すると。
広島では高度600メートルで爆発したので、死の灰は成層圏まで上昇した結果として、放射性物質の降下は少なかったとのこと。

さらに核弾頭(原爆もしくは水爆のどちらでも)搭載のミサイルが高空で爆発すること(高度爆発)による電磁波障害によりコンピュータが機能を失い、現代社会の重要なインフラが失われ、それによる人命の被害も甚大であるとのこと。

シミュレーションをした科学者が報告書に、核テロによる被害を避けることは出来ない。
核の廃絶しかない、と記載したとのことであった。

核拡散という状況で核によるテロが心配されるから、シミュレーションをしたのではないですか?
核拡散という状況で核によるテロが心配される状況で核廃絶が可能なのですか?

なんとなくそれらしく聞こえる言葉は止めてもう少し真面目に考えてほしいな。
(都市の地下に汚染地域から離れるための郊外へ向かう地下道を作るとか、いろいろあるでしょ)

アシリベツ川

アシリベツ川(通称厚別川)は札幌市の南部山岳地帯を水源に、最終的に石狩湾に注ぐ川です。
先日自転車通勤の途中、アシリベツ川にかかる橋を渡るときに、上流から穏やかな水紋を乱して何かが川を泳ぎ下っているのが眼に留まりました。
川を泳ぎ下るものといえば蛇ですから、目を凝らして見ると、
何か紐の塊のようなものが流れています。
やはり蛇か、とよくよく見ると突如二つの塊に分かれました。
さらに目を凝らすと、二つの物体はそれぞれ3つ4つに枝分かれのある太い茶色の木片です。
その木片が互いに離れていくのを見ていると、そのひとつがなにやら動き出しました。
さらに、さらに目を凝らすと、その二つの木片のように見えたものは、四肢と長い尻尾を持った50cm以上はありそうな大きなトカゲです。
もしかしてサンショウウオだったかも知れません。

これは夢でもなんでもなく、現実の通勤途上の話です。

女性医師の悩み

大学病院の神経放射線医学の研修で放射線科をローテートしていたとき、若く美しい女性医師(これは差別用語でしょうか?)達と一緒に働いた。

男だけの世界には潤いがない。
女性がたった一人いるだけで、周囲が明るくなる。
これは本当に真実中の真実である。
子供だって、「お母さんと一緒」は大好きだが、「お父さんと一緒」は敬遠する。

たまに彼女達と病院の外の喫茶店に一緒に昼食に出かけることがあると、いろいろと興味深いことを話してくれるのだ。
大学病院の貧乏研修医は生活のために時々市中病院の当直のアルバイトに出かけるのであるが、
行く病院によっては、一晩中忙しくて眠る暇もないこともあり、また寝るだけの極楽のような当直もある。

皆が共通して当直のアルバイトに行っている老人病院の話になったら、思いがけない不満を聞いた。

入院患者の中に容態が変わった患者がいて、呼ばれた家族に一通り経過を説明した後、 その家族から、「それじゃ先生の話を聞きたいので先生を呼んでください」と言われるとか、
「いえ、私が医師です」とあわてて説明しても「本当の先生を呼んでください」と追い討ちをかけられたと、放射線科のR先生。
彼女は金沢出身のすらりとした長身で古風な美人だ。
体育館でジャージーをきてテニスをしている姿がとてもすばらしい。
彼女が話すときの口許を見ると、唇が開く直前に一瞬不規則な形に変形するのだ。

「女というだけで、医師とは見られないんですよねー。」
「本当にいやになっちゃうよねぇ〜」と、 神経内科から来ているO先生は小柄で、真っ白な肌をして美しくかわゆい女性だ。
彼女は私とペアで、 私がいつも適当に画像診断読影レポートを入力してさっさと遊びに行ってしまうので、その後始末に苦労しているのだ。
「ねー」と女同士で頷きあっているが、私はO先生の白衣の襟の間から見える胸の真っ白な肌の傾斜に気をとられていた。



いじめはなぜ分かりにくいのか?

子供が自殺して、いじめられた云々と遺書に書いてあると、校長先生とかが記者会見を開いて、
いじめがあったという事実は聞いていない、などという。
学校の先生も大変だなあと私はいつも思うのだ。

いじめはどこの世界にでも存在するが、子供の世界では少々特殊な事情がある。
「子供の喧嘩に親が出る」という言葉があり、子供の世界の問題に大人が口を出すことが否定的に考えられる傾向が強いが、これは大人の世界の価値観ではなく、 じつは子供の世界の掟である。
子供の喧嘩に親が出たいことも多い。

子供の世界ではお互い同士の問題を大人の世界に持ち込まないという暗黙の強固なルールがある。
もし大人に言いつけると、そこから決定的に、永遠に、子供の世界から仲間はずれになってしまう。
もう子供でなくなった大人も子供時代を振り返れば思い当たることであろう。

そのため、いじめを受けている子供は、何とかして自分の力で解決しよう、乗り切ろうと考えて努力するのだが、 親に相談するなどは考えもしない。自分の住んでいる世界の掟破りで禁制であるから。
そして自分の力ではどうにもならないと知って絶望したときに、力尽きて自殺することもある。

親の世界と子供の生きている世界はまったく異なるのである。
大人(=というより、マスコミその他世間一般)は教育関係者がいじめの有無を認識していたかどうかを問題にするのではなく、このような子供特有の思考形式をよく理解する必要がある。
いじめられている子供が全員素直に親に言いつけるのであれば問題はごく簡単だ。
親が相手の家に乗り込んで、いじめの張本人なり親なりを攻撃すればよいからだ。

自分の問題を大人の世界に持ち込まないように必死な子供が隠す虐めの事実を、校長先生などの大人が知らなかったとかで糾弾するなどは所詮無理難題である。
身近にいる親自身が子供がいじめられているとは知らないのに、校長先生が知る訳はない。


4丁目の丸善の寿退職したSJさん

4丁目の丸善が撤退してからもうずいぶん経った。
最近また4丁目の別の場所に出店を作ったというが、行った事はまだない。(最近時々行くのは駅前の紀伊国屋)

丸善が4丁目にあった頃、毎週土曜日に、主に地下の売り場に行って本や文房具を眺めて、ときに本を大量に買い込んだり、気に入った万年筆やボールペンを買うのが当時の私の本当にささやかな楽しみだった。

本は大部分がいつ読むかわからない「蔵書」になったし、、、、、、。
万年筆?!  もうずいぶん前から手で物を書くなんてことはしてないんですけど、、、、、。
大体が自分の字にしてからが、書いた本人さえ、書いた次の瞬間に読めなくなるほど汚いんですぅ(^^;)。

レジにSJさんがいるのを発見すると、あんまり必要でない本でもとりあえず買って、SJさんのところへ持ってゆく。
SJさんは丸顔ににきびの痕が少しあって、それがまたとってもチャーミングなのだなァー!!!

SJさんは私の顔を見ると、毎度嬉しそうににっこりと笑って、「いつもありがとうございま〜す。」
と言ってくれるのだ〜。
いつも(地味な)わたしにだけにっこりしてくれるのだ〜(^^)。

なお、現在私が本をよく買う郊外型の本屋では毎年、トータル ン十万円の買い物をしても
事務的に包装して事務的に渡すだけだ。
なんという違いだ!!
老舗と新興郊外型書店の決定的な違いだ。
あんまり必要でない本でもとりあえず買って、なんてことは金輪際ありえないのだ。

SJさんはいつからか地下の売り場からいなくなった。
ほかの売り場をそっと探してみたがどこにもいなかった。

地下の売り場の他の店員に、SJさんはどこにいったのか、聞きたかったが恥ずかしくてとても出来なかった。
SJさんはとってもチャーミングなひとだったから、きっと結婚して退職したのだろうなぁ。
SJさん、さよなら!!

ダンボール肉まんは捏造だと

ダンボール肉まんのテレビ報道は悪質なやらせであることが判明したので報道関係者をシナ当局が摘発したとのこと。

中学生でもわかるシナ政府の苦しい状況だ。
これほど幼稚で笑わせる政府による捏造も無いだろうし、
これほどあからさまな報道の自由の侵害もない。

シナ人は大人であっても子供のような幼稚な心理の持ち主なのだろうと思う。
日頃、シナ寄りのTBSも今回の事件には、多少困惑していたようだ。
TBSは昭和40年代から、田英夫という左巻き報道キャスターを起用してその左寄り路線を最近の筑紫何とやらまでずっと継続してきた左巻き放送局である。
その左巻き放送局の左巻き局員も???となったのかな?


ダンボール肉まんとジャンピングステーキ

シナで、ダンボール6に対して病死豚肉4の割合で製造されていた肉まんが売られていたというので恐慌に陥っているとか。
もともとわたしは、肉まんや餃子の中身を割ってみた時、何が入っているかわかったもんじゃないと感じてはいたが、
ダンボールぐらいどうということもないのではないか?
ダンボールは山羊だったら食べるだろうから人畜無害かもしれないし、シナ人のための精進料理と考えたらどうですか?

ドイツでは、肉屋が自分が殺した少年達の肉をソーセージの材料にしたという事件があった。
シナ人なら同様に人肉でも混入しかねない。
同じ文化を共有するシナ人同士がダンボールを食わされたくらいで恐慌に陥るわけが無い。
ダンボールはまだしも人肉入り肉まんを食わされたかもしれない、という想像が恐慌を生んでいるだけだ。
魯迅先生も自国の伝統的な悪弊(=人肉食)を告発しているわけだから。

昔、大学病院に勤務していたころ、病院の外の食堂のメニューにジャンピングステーキというのがあって、 毎日の肉体労働で腹を空かせていたので、うまいうまいと食べていた。
ハテこれは何の肉だろうと一瞬考えたこともあったが、旨かったので深くは追求することもなかった。
後日カンガルーの肉であるのを知ったが、これは詐欺でも何でもない。機会があったらまた食べたいくらいだ。
アリガトー・ステーキ(alligatorをアリガトーに掛けてみました)がワニの肉であっても食べるとは思うが、人肉だけはご免蒙りたい。


冷蔵庫の冷凍食品を調べたら、Made in Chinaがあったので、即刻すべて廃棄。
Made in Chinaでなくとも冷凍食品は全部捨てたほうがいいのかも。

ハイティーンのころ

認知症のお年寄りに年齢を聞くと、必ず実際より数十年若い年齢が返ってくる。
そのひとは現在もその年齢の時代を生きているのかも知れない。

私も現在の自分の年齢は自覚しているが、10代後半の頃をよく想い出すことが多い。
しかし、その当時の自分が生きていた周辺の地形・情景などはなぜかよく思い出せないことがある。
一方、幼い頃のことは狭い行動半径の中に生きていたせいか、周囲の情景を鮮明に記憶しているようだ。

ハイティーンのころ、家のそばにコンクリート造りの8世帯ほどの二階建てアパートがあった。
その1階にアメリカ軍兵士の若い夫婦がある時期住んでいた。
夫婦は、当時でもすでに骨董品的であった日野ルノーに乗って通勤に使っていた。
そのクルマは電気系統の電圧が6Vであったので、寒い冬の朝はバッテリーがあがってしまうことがあって、
そうなると夫のほうが慌てて車の押し駆けを男手の多い私の家に頼みに来るのである。
無事にエンジンがかかると10代の私にタバコを勧めるのだ。
私のたどたどしい英語で聞くと、確かに新婚ほやほやだということだった。
細君は米軍兵士とは言え、女性であるから車を押すなんてことはしない。
グラマラスでまぶしいほどの美人だったが、言葉を交わすことも無くただ羨ましく眺めるだけだった。

その同じアパートの2階に夫婦と女の子1人の3人家族が住んでいた。
夫はよく奥さんに大声を上げていたようだった。夫婦喧嘩とまではいえないようだが、
夫婦仲はあまりよくなかったのかも知れない。
そのせいか、時々少し寂しそうな表情を見せることのあった5,6歳の女の子のくみちゃんはとてもかわいい子で、私とは大の仲良しだった。
「そんなのヒロちゃんらしくないヨ!」 なんて叱られたこともある。(仲良し同士にしては年齢に開きがあり過ぎたが、精神年齢は近かったかも。)
くみちゃんにとっては10歳も年上のヒロちゃんこと私は生まれたときからの近所の遊び友達で、最初の幼友達であったのかも知れない。

時は流れたが、皆それぞれに生きているのであろうな。
わたくしもどうやらまだ息をしとります。

馬関戦争と庶民

1864年、長州藩と米英仏蘭連合軍の間に砲撃戦が発生、砲の数に劣る長州の陣地は3日で占領されてしまった。
このとき、砲を撤去するのに使役された日本人人夫は賃金をもらう嬉しさに、嬉々として外国軍隊のための仕事をしていたそうだ。

彼らの頭には日本の国家の安全とか、国民の生命、などという観念はまったく存在しなかったことであろう。
当時、わが国には2種類の人種が生きていた。
ひとつは、国家としての日本の将来を見つめる人々。
もうひとつは、その日の自分の生活だけにしか関心がない人々。

高杉晋作は下級武士の出身だが、奇兵隊を率いていた。
したがって、貧富の違いはこの2種類の人種とは一致しない。
要は見識の差ということになる。

今日、アメリカの中間選挙の結果を受けて、ブッシュ大統領が国防長官ラムズフェルド氏を更迭して、
ゲーツ氏に変えたが、ゲーツ氏は現状を、アメリカの国家の安全と国民の生命が脅かされている、と述べていた。

翻って、わが国の政治家の口から、「国家の安全と、国民の生命が脅かされている」という言葉を聞いた事はない。

わが国の政治家の一部は、嬉々として外国軍隊のため、砲を撤去する作業をしていた人夫とどこが違うのかな?

放射線障害と人体

茨城県東海村で発生した臨界事故で80数日間生存した被災者の臨床データによると、
事故数日後の骨髄生検での所見では骨髄細胞の染色体はバラバラに切断され、46個にまとめることも不可能であったとのことである。
これはすなわち、その細胞はもはや分裂することが出来ず、細胞の寿命の終了とともにその細胞・細胞から構成された器官は消滅する、ということを意味している。

人体の粘膜は常に分裂を繰り返すことにより、粘膜細胞の脱落→再生を繰り返している。
分裂が不可能になると、細胞分裂の旺盛な粘膜はすべて消滅する。
それにより消化機能は消失する。
粘膜だけではなく、表皮も脱落後再生修復されることもなく、感染に無防備になる。
早い話、人体を構成する現在の細胞が消滅するときが、その固体の消滅するときである。
臨界事故では中性子線による障害が主であり、核爆発とは異なるが、全身の細胞の染色体を障害することに変わりはなく、その結果も同じである。

広島・長崎で原子爆弾の被災により、数10万人が死亡したが、戦後広島市・長崎市では市民を守るための核シエルターを建設したのか、私は知らないが、おそらく核シエルターなどはほとんど存在しないだろう。

核爆弾を保有しない、という選択でも核爆弾による攻撃を防止するという保障はゼロである。
こんな当たり前の事実に目を塞いで、核保有の議論をすべきでないなどという脳天気な人間は
平和ボケというよりは 脳そのものが呆けているとしか言いようがない。



近隣トラブルの張本人に猟銃許可

近隣トラブルの当事者(後に猟銃で隣人を殺人)に、それと知っていながら猟銃所持許可を与えた警察官に起訴相当とする検察審査会の判断が下り、それにしたがって、警官に有罪の判断が下されたそうだ。

この警察官を現在の国際問題に置き換えてみると、核開発を進める北朝鮮に援助を与え続けているシナと同じようなものだろう。

近所のどうみても異常な隣人が、なにかとあなたに難癖をつけてくる。
いつか殺してやる。などと何度も言われた。
その隣人が警察から許可されて猟銃を所持したとなると、あなたはどうしますか?

私だったら、同じように猟銃所持許可を得て、いつでも射撃できるように弾も充分に用意します。
警察に言っても24時間警護してくれる訳ありませんからね。
自分のことは自分が守らないと。
現今の国際情勢から言えば、わが日本も早急に原爆どころか水爆も保持すべきでしょうね。
核を持つと即戦争につながる、といういつもの思考停止というか確信犯的市民グループは自分だけは大丈夫とか思っているのかな?


秋篠宮家親王殿下のご生誕をお祝いする

秋篠宮家に親王殿下がお生まれになったので、当分安らかに眠れる。
2,3年前に夜中にふと目が覚めて、このまま天皇家に親王がお生まれにならない場合は皇統が途絶えるのではないかとしばし眠れないことがあった。

一介の庶民風情は余計な心配をしないで自分の頭の蠅を追えばよろしいと仰る勿れ。
昭和天皇に内親王が続けてお生まれになったときも、当時の国民は心配したことだったろう。
明治天皇の時代はお后女官がいて(=いわゆる側室)医学が進歩していなくても沢山の親王内親王を生んで世継ぎを確保することは出来た。
お后女官は正妻である皇后と実家の身分(=公家)にたいして隔たりはないので、お世継ぎが側室の子であっても問題はなかった。
天皇家が実質的に一夫一婦制となったのは大正天皇のときからである。
昭和天皇は皇后が皇族出身であるので、側室が公家の出身であればバランスを失するということで、 本格的な一夫一婦制になってしまった。
一夫一婦制というのは夫婦のどちらかに生殖機能がなければ世継ぎが生まれなくそれでおしまいである。

現代的な倫理感からは確かに一夫多妻制には抵抗があるのは事実だ。
女系天皇を認めようという議論にはその意味で確かに一定の説得力はある。
しかしながら、女性天皇の夫が皇族でない、という場合には、その時点で王朝の交代があった、すなわち古来の天皇家は消滅し、夫の家系が新たな王朝の起源となる、と考えるのがわが国の正直な感覚である。

皇室典範の改正には充分な時間をかけるべきであると思うが、充分な時間をかけてどのような結論を出すか。
やはり、皇室のことは皇族方のご意思にお任せするのがいいかもしれない。

ベトナム戦争が騒々しかった頃

ベトナム戦争が騒々しかった頃、高校の政経の教師は授業中にあからさまに共産主義の宣伝をやっていた。
ところが、団塊世代の当時の高校生は以外にもクールであって、共産主義社会?んなものありえない、という人間も多かった。
私は当時、厚木基地の米軍ジェット機の爆音が聞こえるところに住んでいたので、戦況が間接的にも感じられたのかもしれない。ちなみに松田優作も近くに住んでいたことがあるようだが、同じ時代であったかはわからない。
源田実の息子も同級生でおなじクラスにいた。

教室では時折、ベトナム戦争是非についてデイベートをやった。
私は根っからの反共主義者だったから、当然のことに北ベトナム攻撃・米軍擁護派の先鋒であった。

最終的に米軍が撤退し、南ベトナム軍の将兵が脱出する場面では失望したのであるが、
当時、NHKの松平定知アナウンサー(と思っていたが、磯村尚徳アナウンサーだった)が、北ベトナムの将軍か誰かにインタビューの開口一番、「開放おめでとうございます」といったのには驚いた。
共産主義者の勝利=人民の開放なのか???

しかし、その後、欧州を分断した鉄のカーテンは破壊された。
残るは中国共産党の支配するシナの人民の真の解放だけだ(ベトナムはとりあえず共産党が残っていても実質無害)
中国共産党が崩壊・消滅した暁には、私にとっては最大の冥土の土産になると思うので、シャンパンを開けて祝杯を上げようと思う。



ホームレス生活

自営業を営む人と知り合ったが、その人はたくましい人で、1年365日仕事があれば休みなく働くのだそうだ。
子供がまだ小さいので、子供の養育が終わったら自分の好きなように生きたいという。
その夢はホームレスになることだと。
私は日頃、どのようにすればホームレスになるのを回避することが出来るのかを日夜研究しているので、
ホームレスになるのが夢だというのは信じられなかったのである。
その人のいうホームレス生活というのは、クルマを寝場所にして今日はここ、明日はあそこという風に自由気ままに居場所定めずに生きてゆくことなのだそうだ。
現代の遊牧民というべきか。
現代の日本はなんだかんだと言いながらも豊かな国であるので、食料の調達など何の造作もないことだというのである。

私は山の中の原野を安く買い取り、そこに小屋を建てて、原野を畑にして自分の屎尿を肥料にして野菜その他を栽培すれば、とりあえず雨露をしのいで自給自足の生活が出来て、固定資産税などからも逃れられるのではないかと考えていた。
(長年の研究の成果がこんな結論であるのはお恥ずかしいかぎりである)

私は根っからの農耕民族であちらは遊牧民族ということであろうか。


騎馬民族征服王朝説再び

先日、NHKの衛星放送で、イギリスから合衆国はニューヨークにバイクでシンガーか何か2人組でのユーラシア大陸横断の旅の再放送をやっていた。
彼らはモンゴルで遊牧民に招待されて馬やら羊やら、ヤギやらの睾丸のごった煮を勧められて目を白黒させていた。

家畜を飼う場合に、家畜の数を調節し、牡の扱いを容易にするために去勢を行うのは遊牧民の生活の知恵であるが、わが国では明治以前は去勢の習慣はまったくなかったのである。

騎馬民族征服王朝説は確か、わが国で特定の時期から多く馬具が出土する様になった、というような根拠によって主張されていたような記憶があるが、騎馬民族がわざわざ海を越えて征服にやって来なくても、鐙や鞍のような便利なものが他の文明圏にあったら輸入して爆発的に広まるのは当たり前のことであろう。

遊牧民が家畜の去勢のついでに睾丸のごった煮を食しているという事実を江上波夫氏は知っていたのか。
その辺は分からない。
しかし、日本人が古代から睾丸のごった煮を食していたいうことは聞いたことがない


事後法は不都合だが、、、。

時期自民党総裁候補の一人の谷垣財務相が、麻生外務大臣との討論で、東京裁判は事後法の適用という点で問題があったが、云々と、東京裁判が有効であったようなことを言っていた。
これには開いた口がふさがらなかった。
事後法の禁止は近代法の根幹をなす原則で、これを容認すると、昨日は合法な行為だったものが、今日になったら突如として違法行為とされて、過去には合法であった行為をしたということで刑務所にぶち込まれるかもしれないという、法治主義から人治主義への転落を意味するのである。
罪刑法定主義もこの原則から導きだされるのだ。
東京裁判は今となってみれば、勝者による戦後の復讐劇に過ぎなかったもので、近代法の歴史に残る一大汚点であるのは明らかなのだ。

谷垣財務相は役人出身であるが果たしてこのような法理の理解で役人がまともに勤まったのか?
そもそも何でこんなテキトーな人物が財務相で、時期首相を狙うのか、わけが分からない。
さらにこの人は、シナで女性工作員の罠に嵌って、シナ当局の取調べを受けた過去があるのである。
木っ端役人出身の分際をわきまえろ、といいたい。
シナの中共にキンタマを握られた迂闊な人間がわが国の舵を取るなどもっての外である。
恥を知れ、と言いたい。

そう思いませんか?

腹が、、、、、痛い、、、、(泣)。

月曜日:
中華料理を食べ過ぎたかもしれない。
火曜日:
なんとなく食欲がない。
食欲がないときは食事を抜く。
1食や2食抜いてもどうということはない。私の場合、駱駝の様に胴回りに脂肪を貯めているので、エネルギーの供給は脂肪の蓄積だけで1月くらいは充分間に合う筈だ。
水曜日:
何度もトイレに行きたくなる。出るのは固形便であったり、下痢であったり。
左脇腹が時々、シクシクと痛むことがある。
左脇腹を押すと、痛みがある。痛みは限局性である。 痛みがあるということはそこに炎症が起きている、ということを意味している。
硬い腫瘤(=大腸ガン)を触れないか気になったので、適当に押してみたが、無さそうだ。
しかし、この時点でいつもすることを開始する。
身体になにか重大な異常を感じたときは日記に記録するのだ。
そうすると、その症状がいつから始まってどのように進展して、いつ消滅するかが分かる。
1月くらい経過して気になる症状が消滅しなければ、医療機関を選択して受診して検査ということになる。
1,2週間で消滅すれば放置。
木曜日:
目が覚めてすぐ、左脇腹を押してみると明らかな痛みがある。
この時点で診断は、虚血性大腸炎・急性大腸炎・憩室炎・(大腸ガン)
しかし、藪医であるから、自信はない。大腸ガンでなければ何でもよろしい。
昼間、何度も便意を催す。心なしか、圧痛の部位は前よりも下部に移動したようだ。
夕食は食べず、夜、お粥を食べるのみ。
しかし、そのあと、普通通りに酒は飲む。

しかし、体の調子が悪いと、何でも物事を悪いほうに考えてしまうし、何かをしようというエネルギーもどこかへ消え失せてしまうものだなあ。

雲太和二京三

雲太、和二、京三という伝承があって、中古の大建築物の順位を伝えたものという。
最古の出雲大社本殿(雲太)は現在の4倍の高さがあって、 平安時代でも高さ50メートル弱の高さであり、社殿に上る階段の長さは110m弱という。
しかもこの時代の平面図は残っていた。

歴史家は、建築学的に不可能な建造物、という建築学者・建築家・建築会社の意見を元に雲太和二京三という伝承の真実性を否定していた。

ところが人々の伝承は嘘偽りではなく、単純素朴に驚きや畏敬の念を正直にありのままに伝えていただけであったのだ。
その証拠が最近(2000年)明らかになった。新聞にもその写真が出ていた。その写真を見てワシは快哉を叫んだくらいだ。
伝承を馬鹿にするな!と怒っていたからだ。

出雲大社境内から平安時代の平面図のとおりの3本の柱を束ねた根本部分が出土したのである。
確かに建築学的に不可能な部分はあったかも知れない。
出雲大社本殿は何度も倒壊しているのであるから。

しかし、ここで明らかになったのは、自称「歴史学者」という職業が小説家に勝るとも劣らない想像力を元に成り立っているということである。
江上波夫氏の騎馬民族征服王朝説などはその典型であろう。

心にぽっかり大きく開いた穴を埋めるために

本を読むのも良いが、CDを買ってきて昔聞いた歌を懐かしむのも慰めになる。
この歳になるとどうしても、昔の、とか、過去のとか、思い出の、とかになってしまうのが哀しい。
しかし、私だってけしていつも過去にだけ生きているわけではない。
少しは未来のことを考えているのではあるが、情緒的にはどうしても懐古的になってしまうのである。
お釈迦様は、音曲を聴いてはならない、 煩悩の源であるから。と説いて居られるが、煩悩の只中にいる私には教えを守ることが出来ません。

今夜は夜11時に思い立ってクルマで24時までやっている店まで行く。所要時間は約10分。
まず目に付いた葛城ユキの懐かしいCDを買う。
「ボヘミアン」、「ヒーロー」。聞くのは20年ぶりだろうな。
次に「ベストフォーク100」。
すでに聞き飽きた歌も沢山あるが、個別に好きなシンガーのCDを買うよりも安上がり。

CDをいろいろ買うと、帰ってからどんな順で聞くかが問題になる。
同時に全部を聞くわけにもいかないしなあ。
とにかく、すべてを聞きたい。

帰って「ボヘミアン」を聞く。
あれこんなに調子っぱずれで情けないイントロだったのかな。
しかしその後、ぐっと哀愁を帯びてパンチのあるハスキーな声が立ち上がる。
昔、カラオケで聞いた同僚の女医先生の「ボヘミアン」もまったく違った歌い方だったが、今も心に残っている。

いかんいかん、また懐古してしまった。

形状記憶物質

洗濯物を干す前に、パタパタとはたくのは、洗濯でよれよれになってしまった衣類に、洗濯前の形を取り戻させるためです。
ですから、衣類はある種の形状記憶物質です。
この種のものは結構身の周りにあります。
ひょっとして、周りのもの全部が形状記憶物質かも知れない(根拠はまったくないが)

冷凍ピザを入れた電子レンジがスタートしないので、スイッチの横を思い切り叩いたら、スイッチが入ってターンテーブルが回りだしました。
これは機能記憶物質かな?それとも機能忘却物質?

腹が突き出してしまったお父さんの若い頃の体型の記憶を取り戻して、元に戻す方法が何かあるに違いない。
いやいやこれは簡単です。
一日中走りまわさせれば良い。

しからば、頭のてっぺんの禿を簡単に元に戻す方法は何かないか?
うーむ。
この簡単な方法がわかれば、少しは私のこの人生も明るくなるかも知れないし、金儲けのネタになるのだが。
寝ながら考えよっと。

父母の教訓

明治生まれの父は黄金律を口癖にしていたが、それだけではなく、こうも言っていた
「毎晩、心に疚しさを感じることなく、眠れることのありがたさは尊い。
これ以上の喜びはない」と。

確かにそれは事実であろうが、昨今では自分に疚しさがないにも拘らず不眠に陥る人も多い。
明治時代の価値観とは大分違ってしまった環境で生活せざるを得ない現代人の悲哀である。

さて、同じく明治末の生まれの母親は日頃息子にどんなことを言っていたかというと、これが激しく現実的な話ではあったなあ。
以前、私は女性は金銭よりも愛を求める、と言ったが、もちろんそんなことをまともに信じているわけではまったくない。
言葉の綾というやつです。
女性が激しく愛を求めるのはまず20代後半からせいぜい30代前半だけであろう。
女性の死因で自殺がもっとも高いのは25歳から30歳未満である(最新の統計は知らない)
おそらく愛に傷ついてのことであろうと想像する。
それ以降は愛よりも金銭や経済的な安定を激しく求める傾向が強い。
最近の言葉で、負け犬、云々というのはその辺の事情をいっているものと思う。
金銭のためにはどんな犠牲も厭わない、という傾向も見られる。

足立巻一著「やちまた」によると、明治初期の長崎で、嫌がる年頃の孫娘に、外人相手に売春をそそのかす婆さんの言葉を聞いてしまって、世相を慨嘆する当時の新聞投書のことが出てくるが、
そんなことは日常茶飯事のことであったろう。
(足立巻一著「やちまた」はわが日本語文法の動詞の性質を初めて明らかにした盲目の語学者本居春庭(本居宣長の息子)の伝記であるが、話があちらこちらに飛ぶ)


さて、母は、「男は根が純真だが、女の心の中は男よりもはるかにあくどい」
と言っていた。

年頃の息子に女に用心するようにという母親としての親心であったのだろうかと思うのであるが、当時は、はあ そんなものかな、と思うだけであった。

今はどうかと言いますと、確かに母の忠告は正しいと思うが、
大部分の男は女性にだまされても知らない振りをしています。

やっぱり、男は心が純真です。

改札口でクルマのキー

夜中に起きてトイレのドアを開けようとすると、開かない。
あれ、どうしたんだ。何で開かない?
ああそうか、押すんではなくて引くんだった。やれやれ。
おいおいしっかりしてくれよ。
俺って大丈夫かなア

買い物に行って酒のつまみとアイスを買って、アイスを冷蔵庫に入れたが、酒のつまみがない。
あれ、どうしたんだ。何で無いんだ?
ごそごそとそこいら中を探し回ってやっとごみ箱の中のビニール袋の中に入っているのを見つけた。
おいおいしっかりしてくれよ。
俺って大丈夫かなア

駐車場にクルマを置いて駅に向かう。
地下鉄の改札口の前で、ポケットからなぜかクルマのキーを出して改札口を通ろうとした。
あれ、何でこんなものを出すんだ?
おいおいしっかりしてくれよ。
俺って大丈夫かなア

中島らもは頭が不調の時に東京に出張に出かけたとき、みどりの窓口で切符を買うには、何かものを出せばいいんだと思って、筆箱やら、その他ポケットの中の物やらを次々と出して切符を買おうとしたというが。

改札口の前でクルマのキーを出したわたしは大丈夫でしょうか?


アジア的停滞

邪馬台国は果たして何処にあったのか。

「魏志倭人伝」の記述に見える帯方郡から邪馬台国へ至る記事を真面目に捉えて、ああでもない、こうでもない、と真剣に考えた日本の歴史学者のご苦労にはまったく頭が下がる思いであるが、倭人伝もしくは倭国伝を記述した支那の正史をそもそもまともに受け取るほうが馬鹿なのである。

後漢書、宋書、隋書を見ればわかる様に、古い史書を元に言葉を少々変更しているだけのことで、従前の正史を更新するとか、過ちを糺すとかいう努力はまったくみられない。
これを要するに、実証的に物事を極めるという姿勢が欠如しているのが支那の文化の特徴である。
アジア的停滞(支那的停滞)は支那の歴史のきわめて早い段階から始まっているのである。
そんな国の史書を信用して真面目に考えた日本の歴史学者はお人よしというよりは知能程度に問題があるのではないかとおもう。
もとより文献資料を重視する姿勢は重要であるが、一方において、わが国固有の史書については津田左右吉以来の懐疑主義が横行して、資料を疑った後に突如として自分の空想史・妄想史を展開しだすのはどのような心理からであろうか。
やはり、文科系研究者は研究を始める前に自己の論理的思考能力をまずはじめに疑ったほうが良いであろう。

科学的に検証できないことを隠れ蓑にして空想を学問として装うのは恥じるべきだと思う。
死の棘

島尾敏雄「死の棘」の棘とは島尾氏によれば「罪」のことであると、あとがきで知った。
死の棘はたいへん恐ろしい小説であるが、島尾敏雄の「死の棘日記」はパラパラと拾い読みできる気楽さがある。
序文にミホ夫人が心穏やかに夫を追悼しておられるのも心打たれ、救われる思いがする。
この日記が氏の日記であり、覚え書きであり、創作ノートであったようだが、今から見ると、小説が書かれた当時の世相や家庭制度などの状況がよくわかる。
ついでに今は消滅した道具や死語に出会うこともできる。知らない言葉にも。
たとえば実費診療所など。
実費診療所というからにはずいぶん治療費がかかりそうだが、毎回25円のことが多い。 (公衆電話代は当時も10円である)
この作家は実生活でも本当に誠実で真面目で、優しい人であろうと思う。

昭和30年1月の日記に、

「邱永漢という未知の人からのハガキ、シナ料理をごち走するから是非来てほしい、という文面」

という記載がある。
島尾敏雄氏と邱永漢氏の組み合わせはいったいなんであろうか。
このお二人は永遠の平行線を辿った人びとではないかと思う。


お父さん、おしっこは座ってしてね

中国新聞文化部編の「妻の王国」に、奥さんからおしっこは座ってする様に申し付けられて困惑する男性の悩みが書いてありましたが、おしっこを座ってするのはやってみるととっても楽ですよ。悩むほどのことはありません。
きっと食わず嫌いというやつでしょう。一度女性のようにしてみたらどうでしょう。

男性用トイレで立って用を足すと、実は大変不都合なことがあります。
この事実はあまり知られていないので、男性は男性用トイレで平気で用を足しています。
その不都合な事実というのは、実は男性用トイレの壁から尿が跳ね返って毎度毎度、ズボンに付着するのです。
尿がズボンに付着するとは実に不愉快ですが、 なぜ私がそれを知った かというと、ある日わたしは事情があって裸で、とあるビルの男性用トイレで用を足したことがあるのです。

すると、排尿を開始するや否や、太ももの辺りに細かい水しぶきが当たるのが実によくわかるのです。
ズボンをしているとそれがわからないので、ズボンに尿が付着しているなぞとは知る由もありません。
考えれば考えるほど不潔な話ですなア。
あなたの会社の立派な上司のズボンにもおしっこがたくさんひっついているとは。上司を見る目も変わりませんか?
それ以来、私はずっと座って小用派です。
和式トイレでも立って小用を足すと、便器の周りに尿が撒き散らされるのは必至です。

それからもうひとつ。
宴会の席でビールを大量に飲んで、膀胱が破裂する限界までおしっこを我慢してから男性用トイレに立って用を足してみましょう。
すると、あら不思議、目の前が真っ暗になり今にも卒倒しそうになります。
卒倒しそうになったら、しばし排尿をストップします。
するとしばし持ち直します。
また排尿を開始すると、またまた目の前が真っ暗になり今にも卒倒しそうになります。

これは排尿性失神というもので、腹腔内圧が排尿によって減少すると、血圧が低下し、脳血流が減少する結果として起きる症状です。
座っておしっこをすれば心配はありません。
奥様の言いつけを守ると健康にもよろしいですよ。


現代日本の士農工商

日銀の福井俊彦総裁が、村上ファンドに出資して現在までに得た収益を慈善団体に寄付して、日銀総裁としての職責は全うしたい云々と言っているが、
やはりこの人は中央銀行の総裁としての見識はない人だと、民主党の小沢氏と同じく感じた。

ファンドに出資して収益を得たとか損したとかが問題ではなく、中央銀行の総裁に就任する時点で、その職務の公平性を損なう恐れのないように身辺を整理する必要があったのに、そんなことには無頓着であったので現在の体たらくとなったのである。
この人は、日本古来のサムライ精神とは無縁であるのは当然であるが、もしも武士として出陣したとして、汚れた褌をそのまま身に着けて行って、手傷を負ったときに汚れたふんどしがバレバレになったということだ。
そして、いまになって、これから褌はきれいに洗ったものにします、とか言っているだけのはなしである。

徳川幕府が士農工商という身分制度を世襲制で決めたのは現代の感覚からは不合理極まりないが、人間の本質的な部分で、士農工商というカテゴリー化はあながち意味のないことでは無い、と私は思う。
士は世俗的価値に拘泥しない人、
農は自然を友として生きる人、
工はオタク的な人生を生きる人、
商は現世で金銭を至上の価値と捉えて生きる人。

あなたはどの人生をいきていますか?
私はどちらかというと、工の部類かなァ。もしかして工商の中間だったりして。

しかし、国家のために働く政治家や官僚は『士』の見識を持って欲しいと思う。
現在の武士道ブームはそんな庶民の潜在的な願望の顕れではないか、と思うのだ。

元気の出る絵巻物

中学か高校の日本史の教科書に出てくる、日本人であれば一度は目にしているであろう例の竹崎五郎季長のあの絵。

容貌魁偉な蒙古軍に射掛けられて、2,3本突き刺さった矢の傷から噴き出る血に苦しんで後ろ脚を上げる馬、落馬すまいと必死の五郎季長の戦いの場面をみて、
日本の武士が未経験だった集団戦法に苦戦している場面だと皆が皆思ったでしょう。

ところが、蒙古襲来絵詞は絵巻物ですから、同一の二次元世界に時間の異なる場面が連続して描かれています。
立ち往生しているかのような季長の後ろには、蒙古兵が背中を矢で射抜かれて後方を見ながら敗走し、その後ろからは単騎、季長の姉婿の三井三郎資長が弓に矢をつがえて追っています。
さらにその後方からは季長の一族数名、さらに肥前の国の御家人白石六郎の率いる色とりどりの大鎧を纏った百騎余りの軍勢(画面構成の都合上描かれているのは7,8騎)が長弓を引き絞って追撃しています。
竹崎五郎の前方ではやはりトルコ系容貌の兵士が徒歩敗走しています。
全体としてみると、敗走する蒙古軍を鎌倉武士軍団が後方から襲撃している図です。

日本の戦の作法として、互いに名乗りあってからおもむろに一騎打ちを始めるのが常であった、そのため蒙古襲来時には勝手の違う相手に戸惑ったのだ、などとは世間知らずの非常識な学者が考えるだけの話で、命がけの戦闘ではいきなり攻撃に移るのが常道です。
まして言葉の通じない相手に名を名乗るなど、昔の人間とはいえ馬鹿じゃあるまいし。

戦闘の前に名を名乗るなどとは、長い期間の合戦の合間につかの間行われる遊びのようなものでしかありませんでした。 前九年の役か何かの記録にそのようなエピソードがあります。
侍は戦闘のプロですから、てんでんバラバラに単騎で戦うよりも集団で攻撃するのが有効であるとは常識であったでしょう。
季長は一番乗りの手柄を焦って先走ってしまったので窮地に陥ったのですが、あらかじめ、功を焦らずに集団で戦おうという周囲の忠告・諫めを無視したがための結果でした。そのことは絵巻にちゃんと書いてあります。

ちなみに一騎打ちというのは、ちゃんばらではなく、騎乗した武士同士がすれちがいざまに矢を射掛ける戦いです。
戦闘では、自分は安全地帯にいて敵を攻撃する、というのがもっとも理想的(大陸間弾道弾が究極の戦法)ですから、弓矢は当時としては理想的な武器であったので、弓馬の道というのが古くからの武道の別名です。

季長の危急の援軍となった肥前の国の御家人白石六郎は現在の佐賀県杵島郡白石町付近を根拠地としたかなり有力な豪族でした。
ついでに杵島郡白石町には肥前の国風土記に記載のある杵島山があり、そこには古代、若い男女が歌を詠み交わしたという歌垣の碑が建っています。


明治の女

明治生まれの私の母はとんでもなく人使いの荒い女だったと思う。女というよりも婆さんというべきだが。
若いときから人を使うことに慣れていたためか、息子たちが少しでも暇をもてあましている気配を知ると、あれをしろ、それが済んだらこれをしろという指令が次から次へと飛ぶのであった。
命令された男どもはいやもおうもなく、従わざるを得ないのだった。
末っ子で一番犠牲になりやすかった高校生の頃の私は、なんとなく母親がきょろきょろとしだして息子たちに命令するための仕事を探し始めると、いち早く異変を察知してバイクに乗ってパチンコ屋を目指して逃走するのが常であった。
其の頃のパチンコ屋はチューリップが開いた瞬間に左手で玉をいかに大量に送り込み、右手で機関銃のようにどれだけ早く玉を叩き出すかが勝負だった。パチンコ屋で同じ高校の教師に遭ったこともよくあった。
(いまはもう何十年もパチンコ屋には行っていない。逃走する必要がなくなったため)

あるとき、道を隔てた我が家の前に新しく家が建築された後、なぜか斜め前の空き地に高さ1メートルはあろうかという大きな壺が放置されていた。
母はそれを見て、早速家に4人いる息子たちに我が家の庭にあの壺を運んでくるように命令した。
壺が放置されているからにはもう誰のものでもない、という理屈からなのだ。

4人がかりで我が家の庭に運び込まれた壺は、内部を洗浄され、母の予定ではいずれ梅酒を仕込むための容れ物として用意されていたのだが、紫陽花の花が庭に咲きはじめた頃、梅酒が仕込まれる前に高校生の私はふと思い出したのだ。
丁度、あの壺があった場所に小さな小屋のようなものがあって、バキュームカーが時々停まっていたことを。
つまりは、大工どもが家を建てる間使用していた簡易便所の便壺がそのものではなかったのか?
母にそう告げると、母はすぐに庭の壺を今すぐ元のところに捨ててきなさい、と息子達に命令し、壺は元の場所に戻った。

その年に糞便のしみこんだ壺の中で作られた梅酒を飲まずに済んだのは、怠け坊主だったけどボーっとしていなかったボクの才覚によるものでしょう?そうですよね?お母さん?

その母はもう96歳になり、いま姉の家で姉を相変わらずこき使っているものと思う。
姉ちゃんごめんね。

家事の対価

フェミニズム研究家?の田嶋陽子センセは、女性だから男性に対する理解は不十分であろう、とは決していえません。
テレビで見る田嶋センセの議論はあまりに攻撃的だったので、反感を抱く男性諸氏も多かったかもしれませんが、 『女は愛でバカになる』を読んで、女性に対する理解はご立派でかつ男性に対する批判もなかなか正鵠を得ていると感じました。
同書によると、男は女を「○と×」だとしか見ていないのだと巻頭から宣言されています。
(○と×は美人とブスではありません)
「○と×」のマルバツが何であるかをここで書くのは、あたかもテレビ画面に突然出てきたベッドシーンを両親と一緒に見る羽目になってしまった高校生の息子のような状況になりますのであえて書きませんが、知りたい方は同書を立ち読みでもして確認してください。
なお、この本はなかなか立派な体裁をしていますので、購入して熟読されることもよろしいかと思います。
自分が日ごろ女性をどのように考えているかを反省すると答えが出る方もいることでしょう。

田嶋センセはこの本のなかで特に男性を糾弾しているのではなく、男性の奴隷となっていることに自覚のない現代女性に対する痛烈な批判を投げかけておられます。そしてその点には私も同感せざるを得ないのです。

ところで、田嶋センセが言いたいことは脇において、ここでも例の専業主婦の家事労働の対価云々というはなしがでてくるのですなあ。
なんでも、専業主婦の家事労働だけでも二十数万円、老人介護をしていると四十数万円の労働をしていることになるのだそうです。
しかもこのような試算は政府の機関がしているところが不思議です。

専業主婦はけして仕事をしていないわけではない。
それどころか結構大変な仕事ですから、夫は妻に向かって、「誰のおかげで生活できると思っているんだ!」などとは口走らないほうがよろしい。
しかし、それはそれとして、主婦が家事をしてその経済的な価値がどうだこうだというのはまったく無意味以外の何者でもありません。
家庭内の労働が実質的に経済的な意味があるとすれば、直ちに金銭的な利益を生み出すはずです。
夫婦で互いにマッサージをし合って、5千円づつ相手に支払ったからといって、家計に計1万円が増加するわけもありません。
そんなことがもしもあったら、誰も外に働きに出ないで家の中で互いに気持ちのよいことを一日中やっているハズです。

お父さんの日曜大工と同じように、家庭内の労働は経済的には無価値です。
経済的に意味を持つのは、家庭外での労働でしかないのです。
家事に対して金銭が支払われるのは家政婦さんに対してだけ。
マッサージにお金を支払うのは他人であるマッサージ師にたいしてだけ。

言い換えれば、金銭を得たいならば外に出て働くしかないということです。
家事のプロとしての対価は、家政婦協会に入会して、他人の家庭に出向いて、いろんな不愉快な目に遭いながらはじめて手にすることができるのです。
要するに外部経済社会の中で行った仕事に対してだけに金銭で報酬が与えられ、経済的価値が増大するのです。
やはり、田嶋センセの仰るように、専業主婦の方も社会の厳しさを、おとーさんと同じように味わうことも必要かもしれませんね。



日本人の真髄

逮捕される以前の村上ファンド代表村上氏をテレビで見ていて、このヒトやけに眼球が突出していて活動的に見えるが、バセドウ氏病かなと思ったり、なんとなく日本人離れしているなあと思っていた私であるが、 週刊誌によればこの人の父親は華僑とインド人のハーフだという。週刊誌の記事であるから信用はできない。(信用と書いたつもりが、『し尿』に変換されて訂正)

そうか、バセドウ氏病でなくともあんなにきょろきょろよく動く目玉の人はインドにはいそうだ。
華僑とインド人の血を受け継いでいるのであれば、『金儲けってそんなに悪いことなんですか?』などと記者会見で言っていたのも別に不自然ではない。
彼は彼で自然な感情を吐露しただけの事だろう。

金儲けは別に悪いことではないでしょうし、むしろ人生にとって重要なことです。
学校で金儲けの方法を教えてくれないのがむしろ不思議なくらいです。
なにせ、金儲けの下手なお父さんを持つと家族全員が苦労しますしね。

しかし、
子供は遊びが好き
女性は化粧する
学生は金がない
老人は病院通いする

という一般的な事実を考えると、人間というものは、その人が常日頃、一番熱心に希望し考えていたことを実行し、達成するのだということがわかります。そして、その達成した状態、あるいは目指す状態にいるわけです。

学生はなんと言っても成績や落第が気になるので勉強が(あるいはいかに勉強しないで単位を取るかが)気になる(学生には金儲けより単位が大事です)でしょうし、若い女性は幸せな結婚を望んでいます(女性には金儲けより愛情が重要です)。

老人は死期が近づいていることを知っているので、できるだけ死なないように気をつけたい。
同じように村上氏は常日頃金儲けを熱心に考えていて、願望を達成したのです。

しかし、日本人には昔から金銭が人生の目的だという思想はありません。
日本人にとって命を懸けるほど重要なものは、『人間としての誇り』でした。

『日本人は貧乏であることをまったく恥じていない』

戦国時代に日本を訪れたキリスト教の伝道者はこう書いていますが、これが日本人の魂の真髄でしょう。
村上氏はそういう意味では日本人ではないので排除されたのでしょうね。

雨の休日

起きてカーテンを開けるとやはり外は雨だった。
ぐだぐだしているうちに昼ころになり、道も乾いてきたようだ。
休みの日には自転車で走るか、ドライブでもしないと、気持ちがすっきりしない。
で、今日も100Kmくらいをいつもの田園風景の中をクルマを走らせ、まだ明るいうちに帰ってきた。
ドライブというものは楽しくはあるが、意外に疲れるもので、家に帰り着くとチエアの背を倒して眠りたくなるものだ。

今日二度目に目を覚ますと、アタマが朝よりすっきりしてしまった。昨夜はよく眠れていなかったのかもしれない。
これはこれでこまるんだなぁ。今夜も夜更かし決定だもんね。
じゃ今夜は何をするか、ということで本屋に行く。
本屋に行くと便意を催すのはなぜか、という議論があったが、私も確かに本屋に行くとよく便意を催すことがあったが、 それはただ単に食事後一定の時間が経過して、便が直腸に到着するころ自分も本屋に到着するからだと気がついた。
今は本屋で便意を催すことはないが、くしゃみ・鼻水が止まらなくなることがある。
おそらく本屋の換気システムが外気を思い切り吸い込んでいて花粉も一緒に店内に拡散しているのだろう。

今日は漫画のデスノートと文藝春秋を買って、ついでにコンビニによってビールとバターピーナッツを買って帰る。
なぜデスノートかというと、実写映画に大好きな香椎由宇ちゃんが出るから。
なぜ文藝春秋かというと、中野孝次氏のガン日記が掲載されていたから。
ガン日記をバターピーナッツをつまみにビールを飲みながら読むのは不謹慎かもしれないが致し方ない。
香椎由宇ちゃんの映画も見に行きたいな。
『女はなぜ急に怒り出すのか』

という新書版を通勤の行き帰りの地下鉄の中で読みましたが、なんとなくピンと来ませんでした。
急に怒り出すのは女ではなく、むしろ男の方ではないでしょうか。
著者は女性ですから、本質的に男性に対する理解は充分ではないでしょう(男が女を永遠に理解できないのと同じように)
女性は常に周囲との協調性を(表面的であるにしろ)大事にしますので、急にキレるなどということは通常の状況では、ないような気がします。 そう思うのはわたしの経験不足によるのか、あるいは人徳によるのかも?

女性は内心の怒りを外に対して表現するよりもむしろ自分の内部に抑えに抑え込んでついには自分自身に向けてしまうことが多いようです。 自分自身に向けない場合は、「急に」ではなく、長い時間をかけていつの間にか徐々に怒りをじんわりと表現するのです。
それに引き換え男性は、常日頃から周囲とのコミュニケーションを維持することが苦手ですから突然の逆切れなどは日常茶飯事です。しかも攻撃は常に外部に向かっています。間違っても怒りを自分にぶつけてリストカットするなどということはありません。(稀にはありますが)
女性はきっとこんな突然暴力的に変身する男に対する潜在的な恐怖心を常に心に抱いているのだろうと思います。
セクハラというのはこのような女性が常日頃男性に抱いている恐怖心を自覚したときの自然な感情の表現なのでしょう。

男は格別親しくもない女性に自分の体のどの部分を触られても騒いだりしませんし、むしろ喜ぶ(^_^)ことが多いのだ、といっても女性には永遠に理解できないでしょうね。

件(くだん)

国家的・世界的災厄が起こる時期に、件(くだん)という、その字の表すごとく牛面人身の怪物が生まれる。
その役割は激動の時期の中で近未来を予知して人に伝え、
その災厄が終息した時に速やかにその身は死に赴く。

という漫画を昔読んだ記憶がありますが、確かにそういうこともあるかも知れません。
人智が神のように真に完全であるという証拠がない以上、人智を超越した事象を誰が否定できるでしょうか。
(否定できるのは大槻教授先生くらいのものでしょう。 そういえば、大槻教授はお亡くなりになったのでしょうか?最近お見かけしませんが)

故福田赳夫元首相が関東大震災時にたまたま東京にいて、震災の激しい火災による風の中を必死に逃げていたとき、
一陣の突風が巻き起こり、ひゅるひゅると旋回しながら飛んできた1枚のトタン板が、氏の前を歩いていた着物もはだけてしまって半裸になっていた若い女性の首をすっぱりと胴体から切断してしまったのを目撃したというのだ。

これは、この世界が平和なときは平和に見えるが、激動の時期には無慈悲に残酷な側面を見せる、ということを意味している、と私は思う。しかも本質的に残酷な世界であるとも。

歴史上では記録されていないだけで無数の残酷で無残な事件が起きていたに違いない。
その証拠に、弱肉強食の動物の世界では、弱者にとっては残酷な毎日が繰り返されているのである。
何しろ、わが身が他の動物の栄養源として最終的に糞となるべく、生きながらにして(麻酔も無しに)バリバリと食われてゆくのですからたまったものではありません。
川を上ってきた秋鮭を熊が捕まえて、引き裂きながらかぶりつく、というテレビの映像はよく見ますが、科学的には食物連鎖の一コマとしての意味しかありませんが、同時に胸が痛むのも事実です。
肉や魚を毎日食べている人間として感じる、大いなる矛盾ですなぁ。



今日味わう言葉

(釈尊のことば)
「どの方向に心で捜し求めてみても、自分よりさらに愛しいものをどこにも見出さなかった。
そのように、他人にとってもそれぞれの自己がいとしいのである。
それ故に、自分のために他人を害してはならない」
(ウダーナヴァルガ 中村元先生訳)

いまどきはどうして人を殺してはいけないのか、などと真面目に聞くアホな中学生・高校生がいるそうだが、
科学技術が未発達な古代にあっても、真理はやはり真理として人間の心に存在していたのだ。
科学や技術とは無関係に、人間は人間としての心を持っていたというべきか。

「すべての者は暴力におびえている。
すべての生き物にとって生命が愛しい。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」
(ウダーナヴァルガ続き 中村元先生訳)


「己の欲せざるところを他に施すことなかれ」
(いわゆる黄金律)

今の子供は学校や家庭でこのような言葉を教わることはないのだろうか。
私は親父が(生きていれば百歳を突破している)口癖のようにいっていた黄金律は覚えているが、自分の子供に説教したことはない。

うーむ、このへんに問題が確かにあるなァ。



KWEENってステキ

Queenのtribute bandというkweenを先日テレビで見たが、いやはや面白かった。
最初は笑って見ていたが、 チビデブハゲのオッサン(失礼)がフレディ・マーキュリーの役回りなのだが、この人すばらしいの一言。
キーボードをカッコ良く弾いたかと思うと、マイクをつかんで歌いだす。
何でもフレディは左手と右手ではマイクの持ち方が違っていたのだそうだ。
腹も妊婦のように突き出ている私のようなチビデブハゲの三重苦オッサンがこんなにかっこよく見えるとは思わなかった。
ロンドン公演までやって、ブライアン・メイから感謝の手紙をもらったというのだからすごい。
17年だったか、フレディ・マーキュリーの代役でポール・ロジャースがでてQueenの再結成コンサートがあったが、あれよりもよほどよい、とワタシは思った。
札幌にコンサートにきたら絶対見に行こう。うんうん。

ポール・ロジャースがでた再結成コンサートはつまらなかった。いまさらながらフレディ・マーキュリーの偉大さがうんぬんと、友人のエリックも言うとりました。


真の幸せとは?

真の不幸は病気で苦しむことや、死ぬことではなく、普通の人として当たり前に生きられないことだ、と断言した私ですが、いや、そうではない、と考える人もいるでしょう。
しかし、人間は当り前にしていたことができなくなると、その
当たり前にできていたことが如何に幸せなことだったかをそのとき初めて知るものです。
虎舞竜の歌にありませんでしたっけ?

病院に入院中の人の最大の希望は何でしょうか?

私が入院していたときの経験から言えば、そのときの切なる願望は、妻子の顔を見たい、などということではさらさらなく、
ただもう自宅でゆっくりと、いつものようにくつろぎたい。
それからいつも週末にしていた様に、一人で街をのんびり散歩したい。
という本当に単純なことでした。
で、これは人間の健康な生活の本質的な条件でもあるのです。

身体の病気で入院中の人や自宅で療養中の人々は、自由に外を出歩けません。 病苦のため、自宅にいてもくつろげないかもしれません。

精神的に追い詰められた人々は、精神的な状況によって、家にいてもくつろぐことができません。外に出ること自体が苦痛となることも多々あります。

精神的・身体的に病気になるということは、病気に伴う苦痛を味わうことのほか、日ごろ当たり前にできている二つのこと、
@自宅でくつろぐ。
A自由に外を出歩く。
これができなくなる、ということであり、この二つのことができる、ということは実に素晴らしい幸せであるということなのです。
(この二つはペアであって、どれか一つが欠けたら完全ではありません)

真の不幸はどこにある?

真の不幸は目に見えないところにひっそりと息づいている。
それは日常の世界ではみることができない。

あなたが真の不幸を見たければどこに行けばよいか。
それはやはり病院でしょう。それも大学病院なら重病の人が多いから、不幸な人々がいないわけがない。
病気の人が不幸な状態であるとして、一番の不幸な病気の患者は?

外科病棟の、癌の手術を待つ患者か。
内科病棟の、癌の末期で、すでに手の施しようがなくなった患者か。
生と死の分水嶺を、すでに向こう側に越えてしまって、今日か明日かの命の、意識も朦朧とした患者か。


いやいや、それはそれで不幸には違いないでしょうけれども、それらの人々は、人生の過酷な場面にまさに遭遇しているとはいえ、いつかは誰もが辿る道であることからして、真に不幸とまではいえないでしょう。と、そう、私は考えます。

真の不幸は、体が健康なのに、見た目が、つまり外見が普通の人と極端に違う人々が背負っている、と私は思います。

大学時代のポリクリで、各科を巡っているときに、もっとも衝撃的な体験は形成外科外来でした。
街を歩いているだけではけして見かけることのない、異形の人々が治療を求めていました。
それらの人々は、体の内臓機能に格別異常があるわけではないのです。
ただ、外見が普通の人々と著しく違う。ただその一点だけが異なり、そのために昼間に社会に出て普通の日常生活を送ることができないのです。
勇気を出して街に出かけたとしても、他の人々からは好奇や嫌悪の目で見られ、いたたまれない気持ちになるのは当然です。生きていること自体が苦痛なのですから。
からだが健康であればあるほど、また若ければ若いほど、我とわが身の不幸を嘆かずにはいられないでしょう。
この世界は、日常はごく美しく、楽しく見えますが、実はとんでもなく残酷で無慈悲な一面を持っている世界なのだと思うのです。

もしあなたが、自分の不幸を嘆きつつも、街を歩いたり、家で普通に音楽を聴いたり、テレビを見て 気晴らしができるのであれば、不幸ではなくむしろしあわせな人間なのだと自覚しましょう。

雀の大量死

雀の大量死のニュースが流れてしばらく経つが、その後の経過は耳にしない。
解剖しても特に問題になるような死因は見出せなかったということだ。
私が思うに雀にせよなんにせよ、野生動物というものは常に大量死しているものであって、 それ自体はなんら不思議でも何でもないのである。
人間世界でも毎日人間は大量死している。
人間世界では死が社会的に隠蔽されていて、病院の裏口から葬儀場、火葬場、埋葬、という風に事務的に処理されているので、野生動物と同じように人目には人間が毎日大勢死んでいるということは見えない。
見えるとすれば新聞の死亡欄であろうか。私のように新聞を取っていないと死亡欄も見ることができない。
あるいは地区ごとにある火葬場にいって1日を過ごしてみると実感できるかも知れない。

野生動物の世界では死骸はたちまち小動物・微生物その他の掃除屋が処理してしまうので、これまた人目につかないだけの話である。
雀の大量死が見つかった=雀の死骸が大量に見つかった、ということは、すなわち、自然界の掃除屋が何らかの理由でサボタージュをしている、ということを意味している。
なぜサボタージュが起こっているのか、原因を調べるということが事の本質である。

その原因は私にはわかりません。


ピレネー山脈

「プラテーロと私」の作者ヒメーネスはノーベル賞をもらったそうだが、スペインの作家カミロ・ホセ・セ-ラもスペイン語圏の作家として何人目かは知らないが、ノーベル文学賞を受賞している。
そのカミロ・ホセ・セ-ラによる「ピレネー紀行」によると、すでに1960年代からピレネー山脈の住人は出稼ぎで村を出てゆく人が絶たず、ピレネー山脈の谷あいの村々には過疎化の波が押し寄せていたようである。
なるほどピレネー山脈という語感だけで、何か険しく人を寄せ付けないイメージがある。
フリオ・リャマサーレス「黄色い雨」の中の、過疎化の中で消滅してゆく村は過疎化が行き着くところまでいってしまった情景なのだろうか。
過疎化が進んだ地方だから、住むには厳しい環境なのだろうが、旅人としては一度いってみたいなあ。



痰つぼ

昔私が通った小学校(むろん木造建築ですきま風スースー)には廊下の角に木製の箱に入った痰壺がおいてあった。
なぜ痰つぼがあるのかはわからないが、とにかくあちこちの廊下の隅にあったのだ。
結核の様な呼吸器疾患が多かった時代からの名残であったろうか。
怖くてあまり近寄ることも無かった。
そのころの日本人はまだ行儀が悪くて、道端に痰を吐くわ、手洟をかむわで、結構道路の上は汚かったと思われる。
ついでに道ばたで立ちションのオヤジも結構いた。
汚い道路があまり記憶にないのは、汚いのがあたりまえ、という感じであったためか。

ところが昨今では、道に痰が吐いてあるのを発見するのは年に1度あるかないかである(酔っぱらいのゲロはよく見かける)
もし、道に痰があったら、えらく不潔な思いでよけて通るであろう。

ところで、ねえねえ、聞いて聞いて、と言いたい位のことだが、
1年くらい前に地下鉄の通路で、職人風の男が手洟をかむのを見たのである。
汚い、と言うよりは、手洟という伝統的なテクニックがまだどこかで伝授されていたのだということを知って驚いた気持ちと、40年前の、行儀の悪かった日本人が沢山いた、そのころの日本を思い出せたような気がした。

いや、私は不潔は嫌いだが、清潔で行儀がよくなった分だけ、人間や社会がお上品になって、エネルギーを失って行った様な気がしているのである。
エネルギーの方も維持しながら、清潔でお行儀よくならなかったものか、と思うのです。

貴種

貴種とは高貴な血統を意味します。
わが国では天皇家が貴種の代表であり、世界でもまれな貴種と言えるでしょう。
貴種が貴種たる所以は、高貴な血統が連続して途切れていない、ということに尽きます。
天皇家の貴種のそもそもの始まりは神武天皇であり、その后ではありません。
つまりは神武天皇という英雄の血統が連綿として連続している。ということが天皇家の貴種たる所以です。

最近、皇室典範の改定の準備として、有識者とやらの集団によって皇位を決定する基準が決められましたが、
この有識者とやらは一体全体なにものなのでしょうか?
先祖は百姓町人の末裔かなにかわからない、要は皇室とは縁もゆかりも無い、どこの馬の骨とも知らぬ人間どもが、皇位継承の原則を決める資格がどこにあるのでしょうか?
女帝は確かに歴史上存在しましたが、それはあくまで、皇族がごまんといて、男子の皇族が天皇に即位するまでのつなぎとして存在しただけです。
皇族が極端に少ない現代とは事情が違います。
また、古代の皇族ははじめ皇族とのみ婚姻していたのです。

清子さまは黒田さんと結婚されましたが、もし、清子さまが女帝であったと仮定して、
都庁勤務の黒田さんを天皇の婿として受け入れることが出来ますか?

日本人の感覚では、女帝の婿がたとえば徳川家の子孫だとしますと、天皇家はそこで断絶し、新たに徳川家の王朝が始まると言うことになるのです。

また、そのような天皇家を貴種としての天皇家として受け止めることが出来ますか?
歴史とは重いものです。
皇族方が国事行為に口をはさむことが出来ない、ということで皇位継承の原則に意見を述べることが出来ないとはまったく持って本末転倒としかいいようがありません。
皇位継承の原則を定めるのは皇族だけであって、どこの馬の骨かもわからない庶民が口をはさむことではないのです。




P波を体験

朝方ふと眼がさめて、時計を見ると、6時30数分だった。
よかった、まだ寝ていられると思ったら、一瞬だけ家がぎしっと動いたような気がした。
ぼんやりした頭で考えた。これが地震のP波だとしたら、何秒かして地震の本体の横揺れが来るだろうな。
果たして来るだろうか。心電図の小さなP波とそのあとの高く深いQRS波が頭に浮かんだ。

僕は普段タンスのすぐ前に頭が来る位置で寝ているもので、地震で倒れたタンスに頭をつぶされて死ぬのだけは御免だともいつ思っているのだ。
それで、タンスが倒れるような地震がきたらすぐに隣の部屋に逃げ出そう、と気持ちで身構えているのかもしれない。
大きな地震の時には、ゴオーという地鳴りのような音が聞こえた、という証言をよく聞くので、そんな音が遠くから聞こえて来はしないか、
半ば寝ぼけながら待っていても、そんな音は聞こえなかった。
もう何10秒も経ったような気がしたとき、がたがたと家がゆれ出した。
ああ、やっぱり地震だったか、という気持ちはしたが、ごおーっという劇的な音は聞こえてこなかったので、
頭をはさまれる心配もないかと思うと、もう地震には興味がなくなってそのまま寝てしまった。

朝起きて、明け方のことを考えてみると、なかなか興味深いことを体験したものだと思う。
まず、地震のP波をP波として体験したこと。
P波の後に本震がくるという、高校での地学の授業以来の理論を体感したこと。
地震予知が出来ないので、P波を検出して本震が来るまでの何秒かの間に何らかの対策を講じて被害を少なくすることが最近話題になっていたことも思い出した。
うーむ。確かにこれは使えるかも。
今朝ほどは結構長い間、地震を予測して今か今かと待っていた自分がいたわけだから、、、、。
でも、震源地から遠ければ遠いほどP波と本震の間隔は長いのではなかったけ?
直下から強力な地震が襲ってきたら、P波とごおーという音と激烈な揺れは同時に到着するに違いない。

ダメだこりゃ。



黄色い雨

最近話題のフリオ・リャマサーレス「黄色い雨」を読んだら(1時間かけて立ち読みしました。本屋さんごめんなさい)
黄色い雨は、舞い落ちるポプラの枯葉で、徐々に迫り来るピレネーの山奥の村の消滅とそこに一人だけ生きる(あるいはすでに死んでいる)自分の死を象徴していました。

詩人の小説からははずれますが、都市化の波はどこにでも押し寄せているのですなァ。
フィンランドなど北欧の往時の映画も都市化を主題にしたものが多かった様な気がします。
「白い花びら」などは、本当に悲しく、主人公が犬と古いサイドカーをおいて村を出るシーンはいまでも胸に残るものでした。
そういえばあの映画をみて以来、サイドカーに乗りたくてたまらないのですが、まだ免許は持っていません。



諦観

物の豊かさが、物が沢山・他種類ある事だとすれば、
心の豊かさとは?
人間が便利に使っている物はほとんど人間の脳が欲した結果が形となって生まれた物です。
自動車、飛行機、その他人間生活の時間的・空間的限界を突破するための物です。
無から有を生み出すのが得意なのが脳です。
貧弱な脳は周りに見える物しか認識できず、周りに見えるものによってのみ影響されます。
無から有を創造出来ません。

同じように貧しい心は、周りに有るもの・関係によってのみ影響されます。
あるいは周りにある物・過去の体験などからの影響から逃れられない、、といった方がよいでしょう。
相対的に貧乏であろうが、その人の心が満たされていれば豊かです。
物質的・社会的環境がどんなに惨めであろうと、その人の心が満ち足りていれば心豊かな人です。
真に孤独であろうとも、自分自身を拠り所にして生きられる人。
自分の客観的な現状がどうであろうと、いまこのときを一人いることを楽しみ、満足出来る人。
それが心豊かな人といえるでしょう。
でも、誰もが修行を積んだ聖人ではないので、なかなかそんな境地にはなれないですよね。
貪欲にすべてを求めない、諦観がキーワードです。




心の豊かさって?

物質的な豊かさの定義は、単純です。
1に物が豊富であること。
2に同じ用途の物が、他種類あること。
たとえば、石鹸のない時代は、石鹸の代用物を使ったり、ただ単に洗濯物を踏みつけたり、叩いたりして汚れを落としていたでしょう。
石鹸が発明されてしばらくは、洗濯用と体を洗うための石鹸は同じものだったはずです。
しばらくすると、体を洗うための、体専用の香料などが入ってなめらかさを持たせた石鹸が出てきました。
その後、体の部分を洗う石鹸と、髪を洗うシャンプーに別れ、顔を専門に洗う洗顔用の石鹸や、
手を洗うためのフォームなどが出てきました。 洗濯用石鹸も同様に分化していきました。
要は選択範囲が広くなることが物質的な豊かさと言うわけです。

物が豊かになると、心が貧しくなる、と言いますが、心が貧しいとか、心が豊かだとかは一体どのような事でしょうか?



民主党の惨敗を祝う

国内の政敵を攻撃するために、外国の力を借りる。
このような手法は誇り高い日本人が古来もっとも嫌うところです。
明治維新の混乱期にも朝廷・幕府ともに自勢力をもって他を圧するために、外国の軍隊と共同で戦闘をする、などと言うことはしませんでした。

昔の武士はそれだけの見識を持っていたのです。
ところが、先般の靖国神社参拝で、シナがイチャモンをつけると、続々とシナ詣でをする政治家が居ました。
その中に、今回の総選挙で惨敗した三白眼の岡田党首がいて、自らの見識のなさを国民にさらけ出したのです。
今回の選挙で民主党が敗北した原因は、自党の政策が浸透しなかった、云々と言っていますが、本気でそう思っているのであれば、この人は救いようがないというしかなく、政治家を辞めた方がよろしいでしょう。

国民は、いい加減に現在までにシナによってもたらされる犯罪その他の災禍にうんざりしています。
岡田党首のシナ詣でで政敵に打撃を与えようとするその卑劣な売国的行為・見識の無さ・国益を考えない危うさ。
これらを国民が素早く感じ取って、民主党を避けたのです。
私は保守主義の仏教徒で、いままで自民党に投票したことは1回も無かったのですが、 今回ばかりは自民党に投票しました。
それは、いま民主党が政権を取れば日本の将来は危うい、と感じたからです。

三白眼氏はしばらく反省して、国民としての正常な感覚を取り戻し、政治家としての見識を高める努力をするがよろしい。
(一朝一夕には無理だろうが)



三白眼の発言集

民主党に三白眼の岡田という党首がいて、過去にとんでもないことを発言しています。
特に最初の発言は、共産党支配下の中国と友好関係を築かなければならない、という観点からの発言です。

中国は言うまでもなく、共産党一党支配下の独裁政治による 非民主的国家で、チベット侵略など、軍事膨張主義国家です。
その様な国家に民主主義をもたらす様な行動を取るどころか、言うなりになりましょうと言っている、トンデモ政治家ですね。
ぜひとも次回の選挙では落選させてやりましょう。


「その件について、中国の了解を取ったのですか? 取ってないでしょ?」
「公務員って副業できないんですか? それは知らなかった」
「私も、日本海という表記には、以前から違和感を持っていました」
「イラクの人々は逞しいから、泥水でも飲めれば、それで事足りるわけです」
「イラクの子供は10年も泥水を飲んでるから、自衛隊の給水復興支援は必要無い」
「民主党の政策は、高学歴や高所得の人々にウケがいい」
「学歴の低い人間は、根本的に信用できない」
「財源はどうするかって? そんなことは厚生労働省の官僚が考えることでしょう」
「民主党は都市政党ですからね。田舎の人は応援してくれなくて結構」
「中国の役割は米国と並んで非常に大事だ。総理が自らの考えを押し通して靖国参拝をしたことは、非常に国益を損ねている」
「地方の人々は、1000万円も貯金できないから、別にいいんですよ」
「国歌”君が代”は民主主義にふさわしくないので違和感を感じる。民主主義国家にふさわしい国歌があっていいんじゃないか」


「その件について、中国の了解を取ったのですか? 取ってないでしょ?」 !!!!



日本人に重い病気が


日本人に重い病気が蔓延しています。
それは不老長寿願望病、というのか、不老長寿願望が妄想にまで進行してしまった不老長寿妄想です。
健康に気をつけていたり、定期的に検診を受けてさえいれば、いつまでも若く生きてゆける。という妄想です。
また、現代医学は進歩していているので病気や怪我は基本的に治るものだという素朴な無知に基づく妄想です。これはとくに老人に多いようです。

日本人が昔から長寿であることは事実(魏志倭人伝にも記載があります)で、おめでたいことには違いありませんが、あらゆる癌を早期発見・早期治療しても、考えられるあらゆる健康法を実践し続けたとしても、結局は死をまぬかれることは出来ません。

たとえ病院に住み込んだり、病院の待合室で泊り込んで、毎朝一番に受付して、熱心に病院にかかっても2,3年長生きすることは出来るかもしれませんけれど、いつかは死んでしまうのです。

年を取るにつれ、体の自由はきかなくなり、病気がちになり、ついには苦しみながら死んでしまう、という古今東西、誰もが逃がれることの出来なかった死という宿命を、
どういうわけか、生活が向上するにつれ忘れてしまう、という傾向があるようです。

それは年齢を問わずいえることで、若い人の場合は、自分がいずれ死んでしまう、、という事実を実感する以前に、自分が今現在生きている、という実感さえないようです。
そのために、命や体をもてあそぶような行為、たとえばリストカット、タトウー、ODに走るのかもしれません。

両手を静かに胸の上に置いて、心臓の鼓動を感じましょう。
心臓は静かに脈打っていますが、それも限りある間の事で、いつかは止まるときが来ます。
この心臓の拍動の続く間だけが人生の時間です。
いかにもはかなく頼りないものの上に自分の生命が依存しているのだと感じませんか?




本名 ヒロシです

本名 ヒロシです、、、、、
洟水をかむと涙が出るようになりました、、、、。

なにか、体の一部の締まるべきところがだんだんゆるんでくる、、。
そんな部分があちこち増えてくる。そんな感じです。これが老化現象なのでしょうね。
気持ちは若いのに、地下鉄の窓に映る自分の顔は充分おやじになっているのがいやで、地下鉄の中でいつも目を閉じています。
ビルの窓から外を見ていてよく思うのですが、外を歩いている人々が心の中で描いている自分の姿をそのまま外界に表示できたら、おそらく、10代、20代、せいぜい30代までの人ばかりが歩いているように見えるでしょうね。現実と大きな差があるはずです。

セクハラも同じように、自分の内面と外見に大きなギャップがあるのを忘れて、若いつもりのおやじがつい色気を丸出しにしたときに事件になるのに違いないと思います。
謙虚に謙虚に。

気持ちは若いつもりが、体は衰える。
若いときは若いなりの悩みがあったのでしょうが、今はもう、若い人が悩む気持ちがわからない。
若いだけで、それだけでいいじゃないか。と思うのです。
ここが、若いつもりと本当に若いところの相違でしょうか。


正月休みが終わって

正月休みが終わって、また日常生活が始まりました。
つらいなアと思いながら、凍ってつるつるした道を職場へとぼとぼ歩きます。
おれも早く引きこもりたいよ。ほんとに、人間って何のために生きているんだろう、、、、。
最近頓に寒さに弱くなったせいか、ついつい愚痴がこぼれます。

、、、、、、、、、、、、、、。
ヒロシです、、、、、。
ひきこもるお金がないとです、、、、。


そういえば、そうだ。人間って引きこもって好きなことを心置きなくするのを目標にしていきているんだ。
アリとキリギリスの話でしたか、
食料と燃料の準備を充分に整えて来るべき厳しい冬に備える。
それを怠ったキリギリスをアリさんはどうしたんでしたっけ?
温かく迎え入れたのか、外へ放り出したのか忘れましたが、
この年まで結構備えてきたつもりなのに、アリさんはやっぱりまだ外に働きに出かけねばなりません。


隣の教室に入ると

隣の教室に入ると、真ん中の列の一番後ろの、いつもは空いているM男の隣の席に今朝は美少女が座っていた。
あ、転校生だ、と思った僕はすぐさま隣に座って話しかけた。
美少女と僕の会話はなぜかすぐに盛り上がってしまい、たった今初めて会ったような気もしないし、ぎこちなさなんかまったくなく、話しているだけでとても嬉しく、喜びがこみ上げてくるのだ。

あはははは、僕たちって、とっても気が合うよねえ、どうしてなんだろ。
あはははは、ホント、初めて会ったような気がしないよね。あははははは。
なんだか君とデートしたくなっちゃった。放課後裏山で初デートしない?とっても楽しいと思うよ。
あはははは、いいかもね、私たち、すぐにでもスパークしそうな感じじゃない?
あはははは、スパークだなんて、ちょっとキケンな発言だね。でもそれ好きだな。あははははは。
それじゃあと1講が終わったら迎えに来るからね。あははははは。嬉しいよ。楽しいな。あははははは。

スパーク、スパークっと。
それから、最後のクラスが終わって隣の教室に急いで入ると、M男の席の隣の美少女の姿は見えなかった。
でも僕は何の不思議も感じないで、裏山で初デート、という気持ちだけが燃え上がっていて、M男の手をとって、あはははは、やっと放課後になったね、裏山に行こうか、初デートだよ。あははははは。と喜んでいた。
なぜかM男もあははははは、早く行こう。と同じように喜んでいるのだった。
それをみて、僕も、あははははは、

あははははははは、、、、、

と、そこで自分の笑う声で目がさめたのでした。
気が付いた瞬間、夢の中で笑っていた声を家族の誰かに聞かれなかったかが心配でとても不安になりました。
ところが土曜日のもう昼近くで、家には誰の気配もしないようです。
よかった。聞かれてなくて。それにしても、何であんな夢を見たんだろう。
自分の笑い声で目が覚めるなんて本当に何年ぶりだろう。
でもこんな空しい夢を見るなんて、きっとどこかおかしいんだろうな。


暑さがひと段落しそうだと思ったのはつかの間

暑さがひと段落しそうだと思ったのはつかの間、それからずっと暑さが続いて、今週の月曜日にやっと、夏は終わった、と感じました。
壇一雄ではありませんが、夏が終わったと感じたのは、立秋を過ぎてビルの谷間に差す夕日が力を失った、と実感したからです。
そして数日すると、寝るときに布団を引き寄せて被っていました。
布団にくるまれる感じのなんと懐かしいことか。
北海道では季節がひとつの分水嶺を越えてしまうと、後は転がり降りるように冬の気配が忍び寄ってきて、心になにか理由のない寂しさがふと住み着いてしまうような気がします。


ついこの間北海道の涼しさを自慢したばかりなのに

ついこの間北海道の涼しさを自慢したばかりなのに、その直後から暑苦しい日々が続きました。
あらー、こんなはずではなかったが。北海道もやっぱり亜熱帯になるのかなぁ。
夕方家に帰っても冷房は最初からついていない悲しさ。久しぶりに、じっとしていて汗をかく体験を味わいました。
でも、夜になればすぐに暑さが消えるのが救いです。
昨日の夕方に激しい雷雨があって、ついでにその後に強い風が吹き抜けて行きました。
外にでて、風を体に受けていると、しばらく弱くなっていた自分の身体感覚がよみがえって来ました。
明けて今日はまたさわやかな空気が戻ってきて、暑さもひと段落のようです。




本州の方で38度とか、40度とか暑い話を聞くと

本州の方で38度とか、40度とか暑い話を聞くと、北海道の涼しさに改めて喜びを噛みしめることができます。
本当に北海道に住んでいてよかったと。
庭にプールがあっても使えない北海道でしょうが、暑いときにプールに入れるとしてそれがどうだというんですか。
入ったらすぐ出たくなるものですよ。
九州で7月にタクシーに乗ったとき、運転手さんが冷房代で月3万円かかると話していました。
数十年後には日本の全域で、気温が4,5度上昇するそうですから、
沖縄は熱帯、本州地方は亜熱帯地方になり、マラリアも本州まで進出してくることでしょう。
北海道は、冬が今より過ごしやすくなって、理想的な気候配分になり、ますます住みやすい気候の地域になります。
ほんとにどうして北海道に住まないんでしょうかねエ?


参議院選挙の投票をすませてきました。

参議院選挙の投票をすませてきました。
ここ1週間、駅前通りも選挙カーの騒音が結構やかましく、いらいらすることがありました。
なぜか今回から、まるで内容はわからないが、調子としてはパチンコ店の呼び込みのように聞こえる、演説とも絶叫ともつかぬ男女の掛け合いによる下品な抑揚の声がいろいろな陣営から流れているのに気がつきました。
テレビの政権放送でも男女対で出てくるのと軌を同じくしているのでしょうか。
私の投票した候補は下品な掛け合い絶叫をしていた候補でないのは確かです。
眼の前で単純に政策だけを表明していたのを聞いて投票を決めたので。
駅前通りは今日は静かになりました。


日本海海戦後100年の今年

日本海海戦後100年の今年、長年探していた、ノビコフ・プリボイ著「ツシマ」(日本版は「バルチック艦隊の潰滅」)に古本屋でめぐり会いました。
(私は数十年前、ラジオでこの本が毎日朗読されているのを聞くがために、不登校学生でした)
一水兵として戦艦オリョールに乗り組んで海戦を体験し、海戦終了後は捕虜収容所で捕虜仲間に聞き取りをして纏められたものだけに、その迫力は圧倒的です。

これによればロシアも日本側と同じように相手の戦力を過大に評価していたようです。
司令長官ロジェストウエンスキイは、倣岸で独断的な人物として描かれています。
勝敗は最初の30分で決定したと。
ロシアの敗退は艦隊内のコミュニケーション機能の欠陥によるものが大きいかったでしょう。
兵隊同士が世間話をする場面でも悲惨さの中のユーモアが漂い、つい何度も読み返したくなる本です。


夜遅く、自転車で帰ってきた息子が

夜遅く、自転車で帰ってきた息子が食事しながらつぶやいていました。
「すごい向かい風で疲れた。高校に通っていたときも向かい風ばっかりで、行きが向かい風だったら、帰りは追い風だろうと思っていても、やっぱり向かい風なんだよね」
「追い風って経験したことないさ」
ひょっとして自分の人生を述懐しているのか?
そこで、「追い風を受けているときは、感じないんだよ。」というと、納得したようです。
耳を切る風を感じないときは、順風で進んでいるということだから。

そうそう、人生には、そういうふうに背中を押されているのに感じない、というようなことが一杯あるはずです。
親の愛情のようにね。

末っ子の中学生はひょろっとした割と無口な男の子です

末っ子の中学生はひょろっとした割と無口な男の子ですが、風呂に入るのをみていると、裸で入っていくのに、あがるときは半ズボンとTシヤツをきて出てきます。
何人もの人間が目撃していますから、間違いありません。
何でそんなマジックのようなことが出来るのか、聞いてみたら、「中で着て出るんだよ、、、、、、」と言っておりましたが。

「いや、そんなことじゃなくて、、、、、、、、、。」


指はまだ痛くて動かせません。

指はまだ痛くて動かせません。昨夜BS2で世界トレッキング紀行をみましたけれど、作家の谷村志穂さんがイギリスの湖水地方を歩いていて、楽しめました。
谷村志穂さんの本は立ち読みをしたくらいで、(すみません今度買って読みます)よく知りませんでしたが、顔も性格もかわいい女性だなと感じました。
で、わたしはこういう場合、こんな女性が身近にいたらどんなだろうと、空想にふけることがあります。
昨日もそれで番組が終わったあとも、しばらく楽しい時間を味わいました。
(あー、一度お会いしてみたい)


今年初めての自転車通勤の帰りに

今年初めての自転車通勤の帰りに、雨と風に痛めつけられました。
今年2回目の自転車通勤の朝には、思い切り鉄柱に手をぶつけて、薬指と小指が腫れ上がってしまいました。
何をするにも左手が使えません。
たった2本の指を怪我をしただけでこんなに生活が不自由になるなんて。トホホ。



先週の週末の夜は

先週の週末の夜は、佐々木倫子女史のHeaven?全6巻を買ってきて、酒を飲みながら読みました。
いつもながら、女性が美しいのがよいですね。
それから男女のドロドロ関係などを一切切り捨てた結果出来上がる世界がこんなに楽しいなんて、やっぱりいいですね。
そうだ、実生活でもこんな風に男女関係を切り捨てて生きると、楽しく生きられるかも。
(それはやっぱり無理か)


夜寝る前はこころ静かに眠るために儀式を行います

夜寝る前はこころ静かに眠るために儀式を行います。
気に入りの音楽を聞いたり、心が安らぐ本を読んだり、写真集や画集をみたりしますが、あまり興奮するようなものはいけません。
頭が老化してきたせいか、最近音楽は同じ曲ばかり聴いています。
昨晩はゴッホの全油彩画集を眺めていて、ドーデが住んでいた風車小屋を1888年に描いているのを知りました。
意外に思ったのは、風車小屋の周囲が畑ばかりではなく、いくつかの建物に囲まれていて、かなり騒々しい感じがしたことです。
すでに風車の羽根はついていません。
ドーデの風車小屋をいつか訪れてみたいと思っていたのに、なんだかその気が失せてしまいました。



母親と娘が一緒に歩くと

母親と娘が一緒に歩くと、娘のほうが背が高く、顔も小さい。
その母親が娘の頃に、そのまた母親と歩いていると、母親より背が高く、顔も変化している。
ずっとそういう風に時代をさかのぼってゆくと、母親はだんだんと小さくなって、姿かたちも変わっていって、猿の大きさ、ネズミくらい、小指くらいの生き物、という風にどんどん変わってゆく。
しまいには、小さすぎて、地面に吸収されたように目に見えなくなる。
しかし、連綿としたつながりは確かに途中で切れてはいないはず。

街の歩道を歩いているときふと想像した逆進化映像です。


部屋の中にいても外が温かくなったのを実感しました

部屋の中にいても外が温かくなったのを実感しました。
今日は今年初めて、コートなしで、昼食にでかけました。
街の中の歩道は雪がすっかり消えました。
こんなときにはなんとなく上を向いて空を眺めてしまうものですね。
あぁ、早く自転車に乗って、出かけたいし通勤もしたい。



この同じビルに英会話学校があって

この同じビルに英会話学校があって、ビルの前ではアルバイトの女の子がビラ配りをしています。
女の子は入れ替わり立ち代りで、見るたびに違う顔のようでしたが、この冬いつも見かける顔があって、いつしか私はそのいつも見かける女の子のファンになってしまいました。

うちに長いことアルバイトに来てくれている大学院生のヤマダさんに似ているので、最初はヤマダさんの妹かと思いました。
20代初めのようで、いつも毛糸の帽子を目深にかむり、厚手のセーターに手袋の重装備をしてビラを配っています。
見ていると、ビラを受けとる人は5,6人に一人くらいのものです。
その女の子はゆったりとした独特のリズムを持っていて、道行く人にビラを渡しています。
つま先を揃えてちょっと立ち止まり、上体が少し前に傾斜して、微笑んでビラを差し出します。
少しお尻が後ろに突き出して、そんな感じです。

私が通りかかったときは、いつも彼女の前を通ってビラをもらいます。
そのうちに、彼女は私を見ると、笑顔を返してくれるようになりました。
(それは気のせいか?)
雪の降る寒い冬の時期ですから、休憩時間に熱いココアでも飲みにおいで、と誘いたいと思ったりするのですが、そんなときに限って見かけません。

先日、ビルのエレベーターの前で偶然一緒になりました。
一緒に乗ったエレベーターの中で、しばらく沈黙の後、”少しあったかくなってきて良かったねー”なんて話しかけたら、
”はい、ありがとうございます”と顔を上げて返事してくれました。
あぁ、やっぱりヤマダさんに似ているなー、と思ったら、エレベーターは5階についていて、彼女は階のスイッチを押していなかったので、また下に降りることになってしまいました。
エレベーターを降りたあとで、お茶に誘うのを忘れたことに気がつきました。

(決して怪しいものではありませんよ。ストーカーでもありません。
受付にはおばさんもいるし、あなたの姉のような大学院生のヤマダさんもいるからね。
寒いときにはお茶を飲みにいらっしゃい。)

壇ふみさまの最新のエッセイ集を読んだら

壇ふみさまの最新のエッセイ集を読んだら、すさまじく汚い便所の夢をよくみた、とありました。
同じ経験がないかお友達に聞いたら、家の便所が汚かったのだろう、と馬鹿にされたということです。
そんなことなら私に聞いていただければよかったのに。
見るも恐ろしいほど汚い便所の夢はよく見ましたが、それはまだかわいいほうで、自分が人殺しなど凶悪犯罪を犯して逃亡の挙句は飛び降り自殺する、など血なまぐさい夢もよく見ました。それは10代から20代にかけてのことです。
あまりにも何度も同じような夢を見るのできっと前世で同じようなことをしたのは間違いないと思っていましたし、今でもそう思っています。
しかしそんな生々しい夢は最近とんと見なくなりました。生命のエネルギーと関係しているのかもしれません。
30代から40代では、試験に遅れる夢をよく見ました。制限時間が1時間の試験に遅刻して、残り10分しかないというところで問題文を読み出すのですが、焦りのため頭の中は真っ白で、読んでも読んでも問題の意味がつかめないのです。
しかも10分しか残されていない前提なのに、苦しみ悩む時間は10分以上続いているようなのです。
この夢も何度も見ましたが、時間切れで答案を提出したという結末には至らずに、いつまでも苦しんでいるうちに目がさめる、というパターンだったと思います。
あと、出席日数が足りているか心配で調べたら、案の定足りずに、そもそも試験を受ける資格がない、ということに気がついて途方に暮れる夢も何度も見ました。

とことん楽しく幸せな夢の記憶はありません。
夢だからどんな夢を見てもいいのに、なぜ自分が苦しむ夢を見なければならないのか?
これは一生の謎ですね。



毎日を惰性で生きているうちに

毎日を惰性で生きているうちに、平成も16年になっていました。
昭和が平成になったのがついこの間のことだと思っていたら、そのとき生まれた赤ん坊ははや16歳になっているのです。
この頃なぜか時間がたつのが早くて、時間あたりの仕事量がめっきり減ってきたのがわかります。
仕事をしているつもりが、いつのまにかボーっとした精神状態に移行していて、いつのまにか外が暗くなって夕方になっているのです。
暗くなったら、それじゃ帰るか、てなもので、家に帰り、食事が済んだら本屋に直行します。
1時間2時間とあっちの書棚からこっちへと情報のような刺激のようなものを求めずにはいられません。
しかしそれさえも眼がおかしくなっているのか、本の中央部分だけを拾い読みしているだけなのです。

それから最近面白いことに気がつきました。
朝読んだ朝刊を、夕方また読むと、そこに書いてあることはなんだか今日でなく昨日読んだことのように思えるのです。
今朝のことが昨日の事のように感じられる、これはやはり、自分のなかで時間がものすごく速く飛んでいっているのでしょうねきっと。



人間も動物の一種で

人間も動物の一種で、やはり本能に従って子を育てますから、少子化現象も本能のなせるわざです。
少子化の原因は希望の持てない社会だから、社会の諸制度が子育てを支援するように出来ていないから、などというのは後から考えた空理空論です。
原始時代も戦国時代も子供はたくさん生まれていたはずです。終戦直後の混乱期に、洗濯機も炊飯器もない時代に、なぜお母さん方はベビーブームとなるほど子供を産んだのでしょうか?
乳幼児死亡率の低下と出生率の低下は密接に関係していると思われます。
近所のあちこちで赤ん坊が病気でころころ死んでしまう世の中ですと、希望の持てない社会だの、社会の諸制度が子育てを支援するように出来ていない、などと考えもしないでせっせと子作りに励むでしょう。
人間は理屈や理念で生殖をしているわけではないのです。
しかし、人間がたくさん死んでいくような地域でも出生率が上がらない、ということになれば、それはもう、人類という種が絶滅への道を歩き出した、と言うことになります。

それにしても、乳飲み子をおんぶして毎日毎日1日3回薪を燃やして竈で炊飯し、盥と洗濯板と固形石鹸でオムツを洗って、しかもそれを毎年繰り返す、となると、考えるだけでも死にたくなるほどめんどくさい話ですこと。
めんどくさいと思うのはやはり人類滅亡の兆候か?


親を亡くしたニホンザルの子を観察した結果によると

親を亡くしたニホンザルの子を観察した結果によると、ニホンザルの幼い子は、子を育てている周囲のおばさんザルを頼ったかというと、そうではなく、気のいい若者ザルに頼っていつもその後について歩いていたそうです。
子供を持つ母親ザルは自分の子供にしか関心がなく、ついでだから孤児の面倒を見ようとはしないのだそうです。人間の世界も多分そうだろうなと、なにかわかるような気がしませんか?
本能に従って子育てをしているにすぎないのです。

気のいい若者サルも気の向いたときだけのことですから、世話も行き届かず、子ザルは結局は充分に育つことが出来ないことが多いというのはかなしいことです。



「いちご白書をもう一度」という歌の中に

「いちご白書をもう一度」という歌の中に、「いつか、君と行った映画がまた来る」という歌詞があります。
これを英文法のS+V+Cなどと同じ感覚で見ると、どうにも変な感じがします。
しかし、変な感じがするのは毒されている感覚であって、多少拙劣な歌詞ですが、日本語としては省略の妙を感じさせます。
いつか、君と(観に)行った映画がまた(再上映でやって)来る
としないで、共通の日本語の感覚の元にこんな調子で省略したり、曖昧な表現をしたりと、要は私たち自身が日本語をいいように使っているのです。
決して日本語が曖昧な言葉であるのではありません。
日本語は曖昧な表現もできる完璧に正確な言語です。

フランスのシラク大統領のように

フランスのシラク大統領のようにジェスチャーを交えて話す人の場合、話す内容と、ジェスチャーは対応していません。ジェスチャーは両手で何かを包み込むしぐさや、左右から中央に何かを集める、というようなしぐさが多いようです。
踊りの振りや手話と違って、それ自体で意味のあるジェスチャーがあるのではないのです。

もともと言葉は不完全なものではなく、完成された体系をもつものであるために、言葉以外のもので言葉を補う必要ないのです。
ではなぜジェスチャーがあるのか、というと、自己を主張するためのボデイラングエージとして使用しています。歯をむき出しにして相手を威嚇する、というようことと同じ類です。

大げさに身振り手振りを交えて話す人は、おそらくひっそりと人前に登場するということはなく、かならずドスドスと音を立てて現れるでしょう。

適切なボデイラングエージは自己を相手に印象付けるのには大変有用ですが、一切のボデイラングエージを使用しない人々が増えてきました。3、40年前には街角で知人に出会って、お互いになんども何度もお辞儀を繰り返しているご婦人方をよく見たものですが、最近は一切見たことがありません。
これもボデイラングエージの消滅と無関係ではないでしょう。


私は雨の日が大嫌い

私は雨の日が大嫌いです。
特に北国の雨は、冷たく、厳しく、心を陰鬱にします。
しかし、寝ながら聞く雨音はなぜか、心にあきらめと安息をもたらすようで、嫌いではありません。
静かな雨音を聞きながら眠るのも、冬眠しているような気がして心が安らかになります。

吹雪の夜に眠るときも、やはり自分が小さな動物で居心地のよい巣の中で丸まって眠っているような想像をしていると、風の音にもなぜだか安らかで楽しい気持ちになるのです。
母親の子宮の中のいたときのような気持ちが呼び起こされるのでしょうか。
だから、私は、カンガルーの子供になってみたいな、と時々夢想することがあります。
お母さんカンガルーの袋はさぞ温かく、母親の体臭に満ちていて、子供のカンガルーにはこれ以上の安住の場所はないことでしょう。



休日の午前中遅くに目がさめると

休日の午前中遅くに目がさめると、2度寝したせいか、頭がボーっとして全身の関節という関節、靭帯という靭帯すべてがばらばらに緩みきった感じです。
それはそれで十分に休息が取れたと言う証拠ですからいいのですが、なぜ歳をとると日常のすべてがなんだかこう一生懸命にやっている感じになるのでしょうか。
眠ることも、起きることも、なんだかとても努力が要るようになるのです。 たとえば、眠りから覚めると、随分一生懸命に眠っていたなあ、と感じるのです。
若いころはすべてが自然に流れていったことが、今では一つ一つに努力を傾注している、そんな感じがします。



久しぶりに南1条橋の下の豊平川に

久しぶりに南1条橋の下の豊平川にジョナサンがいました。
今日は潜ったり、翼を震わせたりと、活発です。
ジョナサン・リビングストンのように、空の高さを極めるようなこともあるのでしょうか。
目の前のジョナサンは水遊びが大好きなかもめの水兵さんのように無邪気です。



10月8日朝9時ころ

10月8日朝9時ころ、白石サイクリングロードの環状通りの上を通ったら、4、5本の線状の飛行機雲のような物が西の方角に見えました。こんな朝に編隊飛行でもしたのでしょうか?
それともあれが地震雲か??
急いでデジカメを取り出して写しておきました。
時々、行徳高校自然科学部の地震前兆電波観測のページを見ていますが、9月の十勝沖地震の前には前兆電波は観測されていなかったようです。
千葉からは遠すぎたのかもしれません。


平成15年9月の十勝沖地震で

平成15年9月の十勝沖地震で、出光の石油タンクの火災が発生して、行政も人災だ、などと非難していますが、地震と言う天変地異の影響で火災が発生し、しかも日本中の消化剤をかき集めなければならないような状況になったわけですから、人災などと言っている済ませている場合ではないと思います。
地震のエネルギーで建造物が影響を受け、それによって火災が発生したのであれば天災でしょう。
行政はつまらぬ私企業いじめはやめて、今後発生すると思われる東海地震・東南海地震・南海地震、さらには関東大震災の再来にそなえて、今回のコンビナート火災の原因究明をし、さらにはどのようにしたら防げるかを真剣に検討して対策を進めるべきで、
警察が家宅捜索に入ったなどは余計なことだと思います。
人災とレッテルを貼ることで火災は企業の責任にしてしまって、行政の責任は回避するという姿勢になっていないでしょうか?



ニコニコ日記が終わって

ニコニコ日記が終わってなんだかさびしい気分です。
ニコの笑顔がかわいかったこと。
最後の最後に孝太郎はケイちゃんと結婚することになって、いままで、男気のない奴だとイライラしていたので、一安心でした。

それにしても、ケイちゃん役の木村佳乃さんはなぜあんなに美人で背が高いのに色気がないのだろうか。そもそも色気とは何だろう。
そういえばうちの娘も色気が感じられなくて、なんだか心配のような安心のような。
以前兄嫁がテレビのとある女優のことを、この人は色気がある、、云々というのを聞いて、女性が感じる色気も男性が感じる色気も共通するものがあるものだな、と得心したことでした。



机の中に観音えくぼという

机の中に観音えくぼという、ノモリスを切り出して丸みをつけたような石があります。
中央に親指大のくぼみがあって、手にとってくぼみのあたりを撫でているとなんとなく気分が落ち着いてくるのです。
チャーチルも重要な決断を迫られたときは、ポケットの中の友達に相談してくる、と言ってポケットの中の愛用の小物類をなでまわしていたとか。観音えくぼの説明書にそう書いてありました。
以前、一寸した手術を受けることになって、荷物の中に入れて持っていったことがありましたが、なぜか入院中1、2回撫でまわしただけでした。
心が揺れ動いて落ち着かないときはなにをやってもだめだったと言うことなのかも知れませんが、
心の中に確固として揺るぎのないものを持っているひとは別として、私のような凡人には、せめてこれさえあれば落ち着く、というようなものが欲しいな、と思います。女性にはハンドバッグ、指輪、ブレスレットなどがそんな役割を持っているのかも知れません。
ときどき、昔の印籠・根付のような非常に手の込んだ愛着の湧くようなもので 現在の生活に役立つものがなにかないのだろうかと思っています。



ジョナサンは豊平川の南1条橋のたもとに

ジョナサンは豊平川の南1条橋のたもとに、ときどき海からやってきて遊んでいるカモメで、私が勝手に名前を付けました。
見かけるたびに橋の上から話しかけていますが、あっちの方を向いて泳いでゆきます。
とてものんびりした気のいい奴で、私は友達だと思っているのですが、向こうは私のことをなんとも思っていません。
いつも一人でいるくせに、楽しそうです。
きっと、一人でいることの達人だから,見かけによらずたくましく強い奴なのです。



ふきのとうの歌に、

ふきのとうの歌に、
”酔ってる僕に、ほんとうの笑顔を作れずにいたね” という歌詞がありますね。


ほんとうの笑顔って、どんな笑顔なのかは適当に想像していたのですが、最近本当の笑顔がどんなものかを経験することが出来ました。
今年の夏に所用で北九州に行ったときのこと、戸畑の若戸大橋の近くの船員会館というこじんまりしたホテルを、行き当たりばったりにみつけ、何日か泊まりました。
ホテルの小さな食堂の側を通ると、ガラス窓の向こうに数人の黒人と思われる人たちが器用に箸を使って食事をしていました。
船員会館ですから、彼らは船員なのだろうと思いました。

ホテルは本館と廊下で結ばれた新館に分かれていて、彼らは新館に宿泊しているようです。
私の部屋も新館の3階でした。
翌日の夕方、ホテルに帰ってまた食堂の側を通ると、昨日のひとたちが昨日と同じテーブルで同じように食事をしていました。
そしてよく観察してみると、かれらはいわゆるアフリカ系ではなく、オーストラリアなど大洋州の先住民,アボリジニの特徴を備えているようです。

洗濯物がたまったので新館の洗濯室で洗濯しようと思って洗濯室に入ると、彼らのうちの一人の若い男性が先客として洗濯機を動かしていました。
眼と眼があったので、私は、こんにちは、と挨拶をしました。
すると彼は、コンニチハ、といったようですが、はっきりとは聞き取れませんでした。
しかし、わたしには彼がなんといったのかということよりも、その笑顔の表情に強く惹かれました。
それは、子供が嬉しがるときの表情と同じ、とても嬉しそうな笑顔なのです。

そんな笑顔には、もう何年もお目にかかったことはありません。
私自身も人にそんな笑顔をみせたことはついぞないと思います。
”ほんとうの笑顔”というのはこんな、嬉しそうな笑顔を言うのだな、と強く感銘を受けました。
まいった、という感じです。
本当の笑顔を人に見せる、ということは自分にはまだ出来そうに無い、と正直思いました。
あんな笑顔を見せることが出来ない私は、確かに何かがかけている、あるいはなにかを失ったということは事実でしょう。
しかし、とりあえず、本当の笑顔を作るというひとつの目標はできました。